パソコンケースを持ち、七海の部屋を出て一階に降りる。

リビングに入り、私はおばさんに声をかけた。


「おばさん。これから、七海の勤めていた出版社に行くので、パソコンをお借りしていってもいいですか?」

「七海の出版社に?……柚乃ちゃん、ひとりで大丈夫?」

「大丈夫です。終わったらちゃんと返しに来ますので」


心配そうに言うおばさんに、私は笑顔で頷いて見せた。

本音を言えば、大丈夫ではない。

だけど、七海は辛い中、ずっとひとりで戦ってきたんだ。

今度は私がしっかり頑張らないと。

おばさんにお礼を言って、桐山家をあとにする。

次来る時は、全ての真相が明らかになった時だといいんだけど……。

そう思いながら、桐山家を見上げ、一礼して駅に向かった。



スノーライツ出版に着いたのは、約束の10分前だった。

ライバル社にひとりで乗り込むなんて、少し前の私ならできなかったと思う。

今日は出版社の人間ではなく、七海の友人として来ているのだからと自分に言い聞かせる。

理由はどうであれ、他社の雑誌について物言いし、騒動を起こせばタダでは済まないだろう。

覚悟は決めている。

私は意を決して、ビルに入り受付へと向かう。


「すみません。16時から第一編集部の編集長田辺さんと約束をしている黒澤です」

「はい、黒澤様ですね。少々お待ちください」


受付にいた綺麗な女性社員がそう言って、受話器をとる。


「一階受付です。田辺編集長とお約束している黒澤様がお見えです。……はい、わかりました」


丁寧に受話器を置くと、受付の人は『来客』というネームプレートを差し出しながら顔を上げる。


「お待たせいたしました。黒澤様、あちらのエレベーターホールから高層階用のエレベーターにお乗りになり、20階でお降りください。田辺がそこまでお迎えにあがります」

「……ありがとうございます」


ネームプレートを受け取りお礼を言って、私はエレベーターホールへ向かう。

色々な事業を展開しているだけあって、自社ビルは大きいし、各階ごとの部署を見るだけでもライバル社とはいえ心が躍る。

高層階用のエレベーターに乗り、20というボタンを押す。

低層階を一気に通過し、緊張する間もなく20階に到着する。

扉が開いたその先には、約束の相手が待っていた。

会うのは七海の葬儀以来。


「お久しぶりです、黒澤さん」

「……お久しぶりです、田辺さん」


どんな辛い真相が待ち構えていたとしても、七海の名誉は取り戻すから。

……だから、どうか、見守っていて欲しい。