私と一緒に一軒一軒回った事とか、企画会議の結果を楽しみにしていた事とか……七海は相当胸を痛めていたのかもしれない。

まさか、彼に裏切られた事だけじゃなく、この事がきっかけになっていたとしたら……?

……瞳は不正をどうにもできなくて、その悔しさを私に話してくれているのかもしれない。


「無事に企画が通って雑誌に掲載されたし、発売が延期にならなくて良かったですよ。まさか、憧れの七海先輩が人の企画をパクるなんて思いもしなかったんで、びっくりしましたけど。往生際がかなり悪かったですし。人の企画パクっておいて、盗まれたって騒いで、会議の進行を妨げるなんて信じられないですよ」


……ん?

瞳、今、何て言った……?

うんうんと頷きながらスプーンを口に運んでいた私の手が止まる。


「……瞳、今、誰が人の企画をパクったって……?」

「ああ、すみません。興奮して口が悪くなっちゃいました。……あー、私の憧れていた先輩の事なんですけど、それが七海先輩で。企画会議で七海先輩の同期のマリエ先輩が自分の企画をプレゼンし始めたら、七海先輩が自分の企画だって言い出して、会議が中断したんです。マリエ先輩は企画書の他に、取材した物をまとめたUSBを証拠として持ってきていたんですけど、七海先輩はそれがなくて、マリエ先輩のUSBを自分の物だって言い張るばかりで、騒然となったんですよ」


七海は自分の企画が盗まれただけでなく、証拠となるUSBも奪われ、身の潔白を証明する事ができなかった……。

いたたまれなくなって、私はカチャッとスプーンをお皿の上に置いた。

一気に話して疲れたのか、瞳はアイスカフェオレを飲む。


「……結局、七海先輩はそのまま仕事辞めちゃいましたけどね。マリエ先輩に謝罪のひとつもなかったですよ。本当、ひどい話です。編集長もその日は不在だったんで、騒動の事は知らないみたいで。マリエ先輩も話を大きくして欲しくないって言ってたので、雑誌はそのまま何とか予定通り販売までいく事ができたんですけど……しばらく編集部内の空気が微妙でしたよ。あの七海先輩がまさか……って、他の部署にも噂がいったくらいですから」


田辺さんはこの騒動を知らなかった……。

確かに、葬儀の時に惜しい人材を亡くしたと言っていたくらいだから、本当に知らなかったんだと思う。

七海に絶大の信頼を寄せていたような話し方だったし、この騒動を知っていたら、おじさんやおばさんに話す事はためらうかもしれないけれど、私には話してくれていたかもしれないし。

……七海の所属していた編集部だけでなく、他の部署にもその話が回って、きっと居辛かっただろう。