「本当にー?」

「本当ですよ!」

「朝から何をはしゃいでるんだ?」

「あ、辰巳さん、おはようございます」


綾音先輩と笑い合っていたら、辰巳さんが出勤してきた。

だいぶスーツが濡れているようで、綾音先輩がタオルを差し出している。


「ありがとう。しかし、だいぶ降ってるなー。こんなに降らなくてもよくね?」

「それ、さっき綾音先輩も言ってました」

「同じ事言わないでよ」

「えー?そんなの知らないし、無茶苦茶言うなよ。……って、他社の雑誌広げて勉強中?」

「それ私も言った」


辰巳さんの言葉に綾音先輩が白けた顔で指摘する。

困ったような表情で辰巳さんが笑い出す。


「えー?……もう、綾音と気が合うって事でいい?」

「えー。なんか、センスが無いように思われるの嫌なんだけど」


相変わらず、同期の二人は仲がいい。

一時、仲が良すぎて二人が付き合っているのではという噂が編集部で流れたけれど、それは本当に噂だけだった。

綾音先輩はもうすぐ結婚を控えている事を直接聞いたから。

話を聞いたのは、七海がプロポーズをされたという話をされる前だったから、自分の事のように嬉しかったし、綾音先輩のウェディングドレスが楽しみだって思っていたけれど、今は胸が痛い。

七海にもこんな日がくるはずだったのにって、どうしても考えてしまうから。


「他社の物ですが、就業時間まであと五分なので大目に見てあげてね」

「俺はそんなに厳しくないよ。他社の雑誌だろうと何だろうと、黒澤がしっかり勉強しているって事で評価するから大丈夫」

「あ、ありがとうございます」


綾音先輩のフォローも、辰巳さんの優しい言葉も嬉しかった。

私がお礼を言うと、辰巳さんが不思議そうに雑誌を指さす。


「でも、珍しいな。休憩中ならまだしも、デスクで他社の雑誌を読むなんて。それにいつもタブレットで見てなかったか?」

「……実は、この雑誌、友人の企画が特集として掲載されてるんです。だから、タブレットじゃなくて現物で見たくて」

「へえ。友だちも出版社勤めなのか。ライバルじゃないか」

「……そんな風に思った事は不思議と一度もなくて。他社とはいえ、いつも励まし合ってた大事な親友だったんです」

「……だった?」

「もう、この世にいないんです。だから、この企画は生前の彼女の最後の仕事だったんで、どうしても現物で確認したくて」


私はそう言って、雑誌の表紙を見せてそっと撫でた。