恋愛感情を匂わせたって、この前の電話の事を言っているのだろうか。

思考回路がもうショート寸前で、まともに考えられなくなっている。


「……ちょっと待って、燈真君。一回待って、展開についていけなくなってる」

「まあ、いいけど。どのくらい待てばいい?」

「私が冷静さを取り戻して、正常な思考回路になるまで」

「絶対無理じゃん」


パニックになってる私を見て可笑しそうに笑う燈真君。

この状況で意味が分からない事を言う方が悪い。


「回りくどく言ったから悪いよな?……つまり、柚乃ちゃんを好きになったから、柚乃ちゃんを幸せにしたいけどいいかって、七海に許可をとったわけ」

「いやいや、こんな時に冗談は……」

「冗談じゃなく、俺は柚乃ちゃんの事が好きだよ。……柚乃ちゃん、俺をアイドルとしてじゃなく、ひとりの人間として接してくれたから。そこがまず驚いたっていうか、誠実だなって思って。……それでいて、推しについて語る可愛さと七海に対する悲しみ。見ていたら危なっかしくて守ってあげたいって思うようになって、気付いたら柚乃ちゃんの事を好きになってた」


……こんな状況でなかったら、嬉しくて奇跡的だって涙を流して喜んでいたかもしれない。

燈真君がさっき、長い時間目を閉じて手を合わせていたのは、七海にそんな事を聞いていたからなの?


「……七海、何か言ってた?」

「柚乃ちゃんの事、幸せにしなかったら怒るからね……だって」


それを聞いて、私は泣きそうになってしまった。

七海だって、幸せになるはずだった。

でも、それは無残に散って、七海は絶望してこの世界から消えた。

それなのに、私を幸せにしてあげてって……。

もしかして、燈真君と私を引き合わせたのは七海なの?

……もし、そうだとしても、私は七海が生きている世界で、燈真君と出会いたかったよ。


『優しくてお人好しで涙もろいところあるけど、何事にも一生懸命で、絶対に柚乃と合うと思ってたんだ。優良物件だと思わない?……絶対お似合いだと思うんだよねー。いつか絶対に紹介するね』


亡くなる前に言っていた七海の言葉が頭の中でリピートする。


「柚乃ちゃん……?」


涙がポロッと零れ落ちる。

一度流れたら、後から後から続いて止まりそうになかった。

目の前の燈真君が慌てたような表情を浮かべている。


「ごめんなさい……。七海が幸せになれなかったのに、私だけ幸せになるのは違う……」

「違わない。七海は、柚乃ちゃんの幸せを心から願ってる。そんな風に考えたらダメだ。……もちろん、俺以外の誰かと幸せになる事も、願ってるとは思うけど」


燈真君は指先で私の涙をぬぐいながら、言った。


「……返事は今すぐじゃなくていいよ。ただ、俺は七海の前でちゃんと自分の気持ちを伝えておきたいと思ったんだ。不謹慎かもしれないけれど」

「……かなり不謹慎ですよ、正直、まだ騙されてるんだろうなって思ってるくらい」

「ひどいな。人の一大決心をした告白を詐欺扱いするなんて」

「国民的アイドルが一般人に告白するなんて、夢のまた夢だと思ってるんで。……でも」


一度深呼吸をした後、まっすぐに燈真君を見つめる。


「七海の事が全て明かされた後、その時にまだ気持ちが変わっていなかったら、返事をしてもいいですか?」


私の問いかけに、燈真君は小さく頷いた。

けれど、ほんの一瞬だけ、彼の表情が歪んだのを私は見逃さなかった。


それにどんな意味を持つのかは、この時の私は全くわからなかった。