何度来ても、この線香のにおいに慣れる事はない。

ゆらゆらとのぼる白い煙を見つめ、手を合わせて目を閉じた。

ねえ、七海。

今、あなたは気持ちが楽になった?

楽になれたのなら良かったけれど、残された私たちはすごくすごく苦しいよ。

七海の苦しみ、悲しみ……全て受け止めたかったよ。

一緒に生きて、乗り越えていきたかったよ……。

何度、そう問いかけても答えは返って来ない。

唇を噛みながら、目を開けて手をおろすと、隣にいる燈真君はまだ目を閉じて手を合わせていた。

初めて七海の家で会った時も思ったけれど、そんな姿ですら美しく見えてしまう。

怒ったような悲しいような表情だし、もしかしたら、七海に何か報告する事があったのかもしれない。

ただ、その姿を見ていたら、胸が痛くなった。

彼の想いの先にいるのは私ではなく七海。

それは当たり前の事だし、理解はしている。

七海に対して嫉妬心なんかもちろんないけれど、なぜか、ほんのちょっとだけ苦しい。


「……柚乃ちゃん、どうかした?」

「……えっ?……あー、何もないよ?」


ボーっとしている私に気付いた燈真君。

声をかけられて我に返って首を横に振る。

そっか、と彼が呟き、墓石に視線を向けた後、私の方に向き直る。


「あのさ、柚乃ちゃん。こんなところで話す事じゃないんだけど……」


とうま君がどこか言いにくそうな表情を浮かべて私を見つめてくる。

あまり良くない話をされるのかと、思わず身構えてしまう。

もしかして、もう会えないとか、もう連絡はできないとか……?

さっき、これから一緒に月命日に七海のところへ行こうって話したばかりだったのに。

彼は同じ人間だけど、芸能界で生きている人間であり、私とは住む世界が違う。

だからいつそんな事を言われてもおかしくはないし、いつ状況が変わっても仕方がないよね。


「とりあえず今、七海には聞いてみたんだけど。俺が柚乃ちゃんを幸せにしてもいい?って」

「……はい?」


どんな言葉をかけられるのか身構えていたら、想像していた物とは全然違ったもので、思わず聞き返してしまった。

……今、何て言った?


「いや、だからさ……俺が、柚乃ちゃんを幸せにしてもいい?って七海に聞いてみたんだけど」

「えっ?……はあ?」

「……はあ?は、ひどくね?そもそも、先に恋愛感情を匂わせたのはそっちでしょ?」


飽きれたような表情の燈真君に、いやいやいやと首を横に振って応戦する私。

七海の墓前で何を言いだすのかと思ったら……わけがわからないし。