立ち上がるのを躊躇したけれど、綾音先輩はそのままパソコンの画面に向き直ったので、私は渋々立ち上がった。

手帳を閉じてそれを手にしたまま、編集部を出てラウンジへ向かう。

指摘されるほど、顔色が悪い事は自覚していなくて、首を傾げながら歩く。


「黒澤。さっきから首を傾げてどうした?寝違えたか?」

「あ、お疲れ様です、辰巳(たつみ)さん」


後ろから不意に声をかけられて振り返ると、そこに辰巳さんがいた。

グレーのスーツに身を包んだ辰巳直也さんは、私の教育係の綾音先輩の同期であり、ファッション誌の副編集長に今年就任した方。

仕事ができ上司からも後輩からも信頼され、容姿も男性モデルのように背が高くて細身で、純粋にイケメン。

普段、イケメンを見慣れているはずの雑誌編集者でも思わず息をのんでしまうくらいの人なので、言うまでもなく、女子社員から絶大な人気を誇っている。

芸能界でなくても、リアルにこんなイケメンって存在するんだって初めて見た時に私も驚いた。

綾音先輩と一緒にいる時によく声をかけられたせいか、ひとり立ちした今でも私の事を気にかけてくれている。