『それにしても、よくそんなに次から次へと仮説が浮かぶもんだな。出版社勤めだから?』

「あ、いえ……私も、職場の先輩に言われて、この仮説にたどり着いただけなので」

『ふーん……。職場の先輩とは仲いいの?』

「私が入社してから教育係を担当してくれてた人です。だから、ついつい相談に乗ってもらっちゃって」

『そっか……』

「七海にもよく仕事でミスして凹んだって愚痴を聞いてもらってたけど……七海からは聞いた事がなかったから、きっとできる新人だったんだろうなって思う。……それとも、私ばっかり話すから言えなかったのかな……」

『そんな事ないと思う。確かに、七海から一度も愚痴を聞いた事がないのは俺も同じだし。だから……』


何かを言いかけた青柳さんの言葉が止まる。

電波が飛んだのかなって思うくらい、急に止まったから何かあったのかと不安がよぎった。


『いや、何でもない』


意外とあっさりとしたトーンで返ってきて拍子抜けしてしまった。


「ちょっと、変な沈黙やめてくださいよ。何かあったのかと不安になったじゃないですか」

『何、心配してくれたの?』

「いえ、まあ、そうですけど!」


楽し気に言う青柳さんに真面目に答えるのも馬鹿馬鹿しくなる。

私は少し開き直り気味に答えた。


「……青柳さん」

『ところで、いい加減、その青柳さんっていうのやめない?名前で呼んでくれないかな。あ、そうだ。名前呼んでくれなきゃ返事しないって事でいい?』


子どもみたいな言い方の青柳さんに思わず吹き出してしまった。


「……でも、私は燈真君を推してるので、できれば青柳さんは苗字がいいんですけど」

『だから、同一人物じゃん?』

「距離を間違えたくないんです。推しの境界線を越えたくないんですよ」


青柳さんにはわからないかもしれない。

普通の女の子だったら、思いがけない推しとの遭遇は嬉しい事だろう。

手の届かない存在が、手の届く距離まで来たら、誰だってその人の特別な存在になりたいはず。

私は推しは推しであって、彼が親友の幼馴染と同一人物であろうと、推しとファンの距離感は保ちたい。