うちの社のラウンジは各階にあるが、窓から見える景色がすごくいい。

天気のいい日は富士山が見えるって、入社説明会の際、案内してくれた人が言っていた。

そのせいか、タブレットを持ち込んでここで作業している人の姿もある。

書籍コンテンツ編集部の人はよくここで原稿を読んでいるという話も聞いた事がある。

私もラウンジで仕事ができるほど余裕を持てるようになれたらいいのにな……。


「柚乃、お待たせ」


窓から見えるビルを眺めながらそんな事を思っていたら、綾音先輩が来た。


「あ、はい……」

「仕事のスケジュールも余裕を持ってこなしてると思うんだけど、ずっと疲れた顔してる。……これ、カフェオレ」

「すみません……ありがとうございます」


綾音先輩が、持っていたカップを私に差し出してきた。

お礼を言いながら受け取ると、先輩は私の向かいに座る。


「話してくれるまで待とうって思ったけど、さすがに限界。……何かあった?」


先輩がホットコーヒーの入ったカップに口をつけながら私に問いかける。

七海の事は誰にも話していなかった。

七海が亡くなって数日間、急な有給休暇を取った時も、体調不良で申請している。

誰にも悟られないよう、出社しても七海を失った悲しみを外に出さないように仕事に打ち込んだ。

締め切りがだいぶ先の仕事まで取り掛かり、とにかく余計な事を考える暇がないように。

でも綾音先輩に悟られていたのなら、隠しきれていなかったという事。

そういえば、辰巳さんにもここ一か月ほど顔色があまり良くないってさっき言われたっけ。


「……何か、あった……って、どうしてそんな事……?」


とりあえず、とぼけてみる事にした。

話したところで、仕事に支障が出るほどの私生活の出来事なんて、理解されないと思ったから。

大人なんだから、気持ちの切り替えができないだなんて言われたくなかったし、私自身も七海を言い訳にはしたくなかった。


「一か月ほど前に体調不良で急な有休申請したでしょ?その休み明けから、雑談を全くしなくなったし、笑わなくなった」

「え、笑ってないですか?私……」

「営業用のスマイルはできてるよ。……でも、なんかお面を貼り付けたみたいな、本当に事務的な物になってる。……私、元教育係だよ?柚乃が隠し事できないって知ってる」