亡くなる数時間前まで、一緒に飲んでいた事、結婚相手との未来を描いていた事、ブーケをくれるという話をした事、それから幼馴染の事……色々な話をして笑い合っていたのにって思い出したら、涙がスーッと流れ落ちた。

あんなに楽しそうに笑って話していたのに、数時間で何があったのだろう。

しかも電話をかけてきた事すら気付かなかった。

七海の助けを求める悲痛な声が頭の中で響く。

……この事は青柳さんには言えない。

おじさんは私のせいじゃないって言ってくれたけれど、彼が知ったら納得しないだろう。

ギュッと祈るように両手を合わせて握りしめた瞬間、車が止まった。


「……ごめん、辛い事を思い出させて」

「……えっ?」


顔を上げると、目の前にタオルが差し出された。

首を横に振ってタオルを受け取り、それで涙をふく。


「すみません……」

「……柚乃ちゃんはどうして、葬儀にも出て、月命日に七海の家に行ったの?親友っていう理由だけで、何で?」

「大学に進学するために東京に出てきたから、ここで初めてできた友だちが七海だった。私は親友と呼べるくらい仲がいいと思っていたけれど、七海にとっては違ったのかもしれない。でも、一緒にいる事が多かったし、職種も趣味も一緒で、本当に楽しい時間を過ごしてこられた。けれど、彼女が苦しんでいた事を聞きだせなかったし、助ける事もできなかった……」


間に合わなかっただろうって結論付けられてたけれど、最後にかけてきた電話に気付けていたら、七海は助かっていたかもしれない。

今でも、笑って一緒にいられたかもしれない……。


「……七海の事、本当に大事に思ってくれたんだな。ありがとう」

「お礼なんて言われる事はしてないし、できなかった。私は彼女を救えなかった」

「柚乃ちゃん、落ち着いてよ」


青柳さんが優しくそう言ってくれたから、肩で息をしながら唇を噛んだ。

涙が後から後から零れ落ちて止まらない。


「柚乃ちゃんは、ずっとその苦しみを抱えていたんじゃないの?……どこにも吐き出す事ができずにずっと」

「……」

「俺が全て受け止める。だからもう自分を責めるな。誰も柚乃ちゃんが悪いだなんて言ってないし、言わないよ」


そんな風に彼が優しい眼差しを向けるから、涙が止まらなくなった。

やり場のない悲しみを初めて、青柳さんの前で出してしまった。

初対面の相手だというのに……。


「……柚乃ちゃん。七海の元婚約者を追うんだろ?俺もできる限り協力するから、何かわかったら連絡して欲しい」

「……えっ?」


顔を上げると、青柳さんがスマホの画面を差し出している。

画面に映し出されたQRコード。


「俺の連絡先。柚乃ちゃんのも教えてよ」

「え?あ、でも……」

「俺だって真相知りたいんだ。七海がどうして死ななきゃならなかったのか。……でも、俺は時間がなさすぎて追えない。だから、頼む」


青柳さんが帽子を外して私に頭を下げた。

国民的アイドルの姿ではなく、青柳燈真として真剣な思いで私に頭を下げているんだ……。

私はスマホを取り出し、青柳さんのQRコードを読み取った。

青柳さんの連絡先が登録されたのを見て、私はカバンから名刺ケースを取り出し、青柳さんに名刺を差し出す。


「どこまでたどり着けるかわかりませんが、七海のために突き止めます」


私の言葉に一瞬、彼の表情が歪む。

でも本当に一瞬の事で、青柳さんはすぐに表情を戻して名刺を受け取った。


「……ありがとう。よろしくお願いします」



こうして、アイドル青柳燈真との不思議な関係が始まった。