「七海は柚乃ちゃんに話してると思ったよ。柚乃ちゃんの推しが燈真君だって七海が嬉しそうに話してたから」

「あっ、ちょ、ちょっと……」


おじさんは悪気はなかったんだろうけれど、さすがに本人を目の前にして言わないで欲しかった。

慌てて止めたけれど、今の言葉は本人の耳に届いてしまったようだった。


「それは光栄です。七海の親友に推してもらえるとは」


閉じていた目を開けて、ゆっくりと青柳さんがこちらを振り返る。

画面越し、ライブのステージ上のアイドルとしての彼氏か見た事がなかったけれど、まさか日常生活において、彼と言葉を交わす日が来るなんて夢にも思っていなかった。

……七海は私が青柳さん推しだって知ってたから、自分の幼馴染だと話さなかったのかもしれない。

それについては、知らなくて良かったと思う。

もしかしたら、今まで話した事で嫌な思いをしてきたのかもしれないし。

……私に話したら、推しだから紹介してって言い出すとか思われたのかな。

まあ、普通はそこまで疑っちゃうよね、仕方のない事だけど。

そういうところまで、気を遣わせちゃったかな……。

思わず深いため息が出てしまった。

いたたまれなくなって、私はそばに置いてあったカバンを手にした。


「……あの、すみません。私、そろそろ失礼します。遅くなっちゃうので……」

「柚乃ちゃん、電車で来てます?」

「はい、電車です……」


七海が通学まで1時間半かかるって言ってた場所まで帰らなきゃいけない。

私の家と七海の実家の間に出版社があるから、来る時はまだ時間短縮にはなったけれど。

……これから一か月に一度、七海のところに来るなら、こっちの方に引っ越してもいいんだけどな。


「なら、俺が車で送りますよ」

「……はい?」

「だって、女性が夜遅くにひとりでなんて、危ないし?」


青柳さんが微笑みながらそう言った。

……何を言っているの、この人は。