そういえば、七海の彼の話はたくさん聞いてきたけれど、どこの誰かまでは話していなかった。

名前も一切、口にしていなかったし、写真も見せてもらった事はない。

どんな人なんだろうって思う事はあったけれど、七海が付き合っている人ならきっとちゃんとした人だろうし、写真だって見せたければ見せてくるかなって思ってたから、要求した事は一度もなかった。

でも、私が見せてって言わなかったから、七海は見せてくれなかったのかもしれない。

言えばよかったのかな……。


「すみません。七海は私が写真を見せてって言ってくるのを待ってたのかもしれないです。でもそういう事を言ってもいいか考えちゃって、一度も言えませんでした。七海がお付き合いしている人なちゃんとした人だろうって思ってたから……」

「柚乃ちゃんが気に病む事じゃないよ。……そうか。七海には付き合ってる人がいたのか」

「……七海のスマホに写真とか入ってませんか?三年も付き合ってたんです」

「それが……スマホは浴槽に沈んでいて、電源が入らないんだ」


おじさんが差し出してきた赤いスマホ。

それは何度もこの目で見てきた、七海のスマホだった。

だけど、ディスプレイには無数のヒビが入っていた。

昨日の夜に飲んだ時には、こんなのは付いていなかった。


「柚乃ちゃんの電話番号は七海の手帳に記入してあったから、電話をさせてもらったんだけど……」

「……そうだったんですね。でも、昨夜はこんな傷なかったです」

「自分で壊したのか……それとも、誰かに壊されたのか」


……そうだ。

おじさんは、『手首を切った』と言ったけど、『自殺した』とは言っていない。

自殺したのでなければ、誰かに殺されたっていう事?


「……多分、自殺だろうって警察の人には言われたけれど」

「……でもっ!七海には自殺する理由なんかないんです!だって、彼にプロポーズされたって報告してくれたし、今度の企画会議に企画書を提出するからって、企画書のために一緒にカフェ巡りしたし……七海は……」


おじさんに話せば話すほど、私は七海の何を知っていたのか自信がなくなってくる。