「清和侯爵の件があったからな。面と向かっては言えなかったようだ。むしろあの一件もあり、徹底的に嫌われ役になろうとそう思ったらしい。清和侯爵だけは、何がなんでも助けたかったようだ。理由は知らん」
 何か言わなくてはと思うものの、唇が震えて言葉にならない。
「俺から言うべきかどうか迷ったが、おまえが聞きたいというから教えただけだ。これ以上は、きちんと父親から話を聞くべきだと思う」
「はい」
 返事はしてみたが、琳から真実を聞くのが怖いかもしれない。でも、知らないままでいたら、二度とあの家に近づきたいとは思わないだろう。
「そんな不安そうな顔をするな。あの狐だっておまえの親だろ? 俺も付き合うから」
 とにかく、と遼真が言葉を続ける。
「あの狐は残念がっていたな」
「それは、どうしてですか?」
「おまえのことは雨水の息子と結婚させる気でいたようだ。だが、おまえは俺と結婚してしまったからな。そこだけは、あの狐にとっても誤算だったみたいだな」
 そう言って遼真は、喉の奥でくくっと笑った。
「ですが、この結婚は遼真様の妖力を取り除くための結婚です。それがなくなれば、わたくしたちは離縁するはず……」
 ふーん、と言いながら、遼真は目を細くする。
「だったら、俺とおまえの離婚はまだまだ先だな」
 そこで、ごちそうさま、と遼真は箸を置いた。
「え? どういう意味ですか?」
 食べ終えた食器を手にした遼真は立ち上がるものの、視線だけを乃彩に向けてきた。
「今朝。俺はおまえを助けるために霊力を使った。悪鬼を倒すためにも使った。だが、俺が霊力を使うたびに、俺の中の妖力が力を増す。ただでさえ湧き出てくるのにな」
 そう言われると、朝よりも妖力をかなり強く感じる。毎日、彼の妖力の浄化をしているはずなのに。前の日よりもこれほどまで妖力を強く感じたことなど、今までなかったかもしれない。
「つまり、遼真様は霊力を使ってはならない?」
 だが四大公爵の一人だ。他の術師華族よりも強い霊力を持っているのに、それを使わないというのは許されるのだろうか。
「そうはいかないだろ? 今日のように、いつ、どこに鬼が現れるかわからない。鬼が現れたら討伐する必要があるよな?」
「そうですね」
「だが、俺が霊力を使うと俺の中の妖力が増す」
「そうなれば、遼真様はやはり霊力を使えないのでは?」
「なんだって、わからないやつだな。おまえが側にいれば俺は霊力を使えるんだよ」
 ふっと唇の端を少しだけ持ち上げて笑んだ遼真は、食器を片づけた。
「では、頼むよ。奥さん。これからも毎日、俺の妖力を浄化してくれ」
「それでは、いつまで経っても離婚できないのではありませんか?」
「そうだな。その日が来るまで、おまえは一生俺の側にいろ」
 じとっと遼真を睨みつけた乃彩だが、今はそれでも悪くないと思いつつも、心の奥はチクリと痛んだ。

 莉乃は一日入院してすぐ退院できた。
 乃彩は南屋の大福を買い、遼真と春那の屋敷を訪れた。琳からすべての真実を聞くために。
 遼真の話は本当だった。
 乃彩に山ほどの縁談が来ていたこと――。
 未成年だったため、琳の監督下で縁談を管理できた。琳は修一を乃彩の相手と決め、修一なら乃彩の過去を受け入れてくれると考えていた。実際、修一は乃彩の結婚歴を知っているらしい。
 過去の三人の夫や関係者には、結婚の事実を口外しないよう半ば脅していたが、琳は身内には甘かった。
 乃彩が成人したら修一と婚約させ、周知するつもりだった。十八歳の誕生日を無視したのは、成人したことに意識を向けさせず、嫌われ役に徹するためだった。
 だが、そこに遼真が現れた。乃彩は知らずに遼真に結婚を申し込んでしまった。
 最初からすべてを教えてくれればいいものを、と乃彩は思った。
 だが、琳には乃彩を巻き込んだ後ろめたさがあり、憎まれ役になることで彼女を守ろうとしたらしい。
 憎しみは、人を強くする――。
 それは前公爵、乃彩の祖父母が亡くなったときに琳が決意したことだったが、詳しい経緯は教えてもらえなかった。
 琳が言葉を濁した部分もあり、すべてを理解できたわけではないが、家族とのわだかまりは薄れた気がした。
 彩音が冷たくしていたのも琳の指示だった。
 莉乃は特に何も考えていなかったらしいが、魂の浄化を始めたのは学園の友人からの提案だったと認めた。
 琳から話を聞き終えたが、莉乃は乃彩がいる間、部屋から出てこなかった。
「なんだ、すっきりしない顔だな」
遼真が運転する車で日夏の屋敷に帰る途中、彼が声をかけてきた。
「そうですね」
 今までのことを思い出すと、わだかまりが完全になくなったとは言い切れない。
「だが、これで俺たちの結婚が認められたわけだ」
「そう、ですか?」
「あぁ。帰り際にキツネが言ってただろ。『娘を頼む』ってな」
 そう言われれば、そうだったかもしれない。