『乃彩、今から僕たちもそちらに向かうけど、相手に気づかれていないよね?』
「はい、たぶん。隠れているようにと言われました。わたくしの力では皆の足を引っ張るだけですから」
自嘲気味に言うと、修一は少し考え込むようだった。
『乃彩、そこから異界と繋がる道を塞げないかな?』
その提案に乃彩は瞠目する。
「……でも、修一さんもわたくしの力はご存知ですよね?」
『治癒能力だろ?解呪もできると聞いている。つまり、乃彩の霊力は妖力を抑えられる。その応用だよ』
応用と言われても、乃彩はいつも癒しの霊に語りかけるだけだ。
『治癒は癒しの霊の力を借りるんだよね? 乃彩もそうでしょ?』
「はい」
『だったら、癒しの霊にお願いすればいい』
向こうから『修一』と誰かの声が聞こえた。
『乃彩、僕もそっちに向かってる。通話はこのままで』
「はい」
癒しの霊は妖力を取り除き、霊力を高める手助けをする。その相性によって治癒の範囲が決まる。多くの術師は妖力を取り除く程度だが、乃彩は霊力を回復させることもできる。
これは乃彩と癒しの霊の相性がいいからだろう。その分、力の範囲には制限がある。
スマートフォンを耳に当てたまま、乃彩は柱の陰からエントランスを覗く。倒れた悪鬼が増えているが、状況は好転していない。
「修一さん、対象物まで距離があります。わたくしの治癒能力は触れないと使えません。異界と繋がる道に触れる必要があるかと」
だが、そこに近づけば確実に気づかれる。悪鬼に襲われたら、乃彩一人では太刀打ちできない。
『うーん、ちょっと待って。父さんに聞いてみる』
修一の両親も術師だ。
スマートフォンからぼそぼそと話し声が聞こえるが、内容はわからない。すぐに修一の声が戻る。
『乃彩、霊玉があるだろ?』
「はい」
つい最近、補習で嫌というほど作り出した霊玉だ。
『その霊玉を使って、癒しの霊を向こうに送り届けるイメージだ』
理解はできたが、実際にできるかは別だ。
「わかりました。やってみます」
そう答えるしかなかった。
普通の術師なら簡単に作れる霊玉も、乃彩の小学生並みの能力では難しい。
スマートフォンをスピーカーホンに切り替え、肩掛けバッグにしまう。
霊玉を作るため、遼真や琳、家族を助けたいと強く念じる。そうしてやっと霊力が形になる。
癒しの霊に語りかけ、霊玉に力を付与する。
(癒しの霊よ……)
霊玉が生まれ、手のひらが温かくなる。霊玉はふわふわと動き始めた。
(うまくいった……?)
乃彩の霊玉はいつもふらふらと動く。真っすぐ目標に当たればいいのに、そうはいかない。やる気がないと言われたこともある。
霊玉は結界を越え、あっちこっち揺れながらも、悪鬼が這い出るもやに近づく。
その霊玉の行方を見守っていたとき、乃彩は背後から人の気配を感じた。
修一らがやってきたのだろうか。だが、彼らが来るにしては早すぎるし、正面玄関からやってくるはず。
振り返るのが怖い。それでも振り返って相手を確かめなければならない。ここには敵と味方が混在している。
ゆっくりと首を回した。
「……茉依? どうして?」
「あら? 見つかっちゃった。あなたに気づかれぬ前に、殺しとこうと思ったのに、ね」
ね、と彼女が視線を向けた先には祐二がいる。
この二人は留置施設にいるはずではなかったのだろうか。だが、その留置施設だってこの議事堂の右側に位置している。そこから逃げ出したとなれば、位置的にもここにいるのも納得できる。
「ねえ、乃彩。死んでくれない?」
茉依が振り上げた右手には、霊力によって作られた刀が握られていた。それを乃彩めがけて振り下ろす。
霊力で練られた刀は、本物の刀と同じように殺傷能力がある場合と、霊力のみにダメージを与える場合がある。もしくは、その両方だ。だから、鬼を相手にするときは武器として使う。啓介が霊力を短刀のように扱うのも、それが理由だ。
「茉依!」
乃彩は叫びながらも、その軌道から逃れた。ひゅっと空を斬る音がする。恐らく、茉依が手にしている刀は、肉体も霊力もどちらも傷つけるもの。
「もう、うろちょろと鼠のように逃げて。祐二、乃彩を捕まえておきなさいよ」
茉依の声に従い、今度は祐二の腕が伸びてきた。乃彩はそれも器用に避けてみたが、避けた先に茉依がいて彼女に捕まってしまう。
「ほんと、最初からおとなしくしていれば、楽に殺してあげたのに」
首元に刀の刃が当てられる。
身体をひねり拘束を解こうとしたが、祐二が羽交い締めしてきたため、刃の軌道からは逃げられない。
「じゃあね、乃彩。ばいばい」
チリっと首元に痛みが走った瞬間、乃彩の脳裏に浮かんだのは遼真の姿だった。乃彩がいなくなったら、彼はまた妖力によって侵されていくだろう。
「はい、たぶん。隠れているようにと言われました。わたくしの力では皆の足を引っ張るだけですから」
自嘲気味に言うと、修一は少し考え込むようだった。
『乃彩、そこから異界と繋がる道を塞げないかな?』
その提案に乃彩は瞠目する。
「……でも、修一さんもわたくしの力はご存知ですよね?」
『治癒能力だろ?解呪もできると聞いている。つまり、乃彩の霊力は妖力を抑えられる。その応用だよ』
応用と言われても、乃彩はいつも癒しの霊に語りかけるだけだ。
『治癒は癒しの霊の力を借りるんだよね? 乃彩もそうでしょ?』
「はい」
『だったら、癒しの霊にお願いすればいい』
向こうから『修一』と誰かの声が聞こえた。
『乃彩、僕もそっちに向かってる。通話はこのままで』
「はい」
癒しの霊は妖力を取り除き、霊力を高める手助けをする。その相性によって治癒の範囲が決まる。多くの術師は妖力を取り除く程度だが、乃彩は霊力を回復させることもできる。
これは乃彩と癒しの霊の相性がいいからだろう。その分、力の範囲には制限がある。
スマートフォンを耳に当てたまま、乃彩は柱の陰からエントランスを覗く。倒れた悪鬼が増えているが、状況は好転していない。
「修一さん、対象物まで距離があります。わたくしの治癒能力は触れないと使えません。異界と繋がる道に触れる必要があるかと」
だが、そこに近づけば確実に気づかれる。悪鬼に襲われたら、乃彩一人では太刀打ちできない。
『うーん、ちょっと待って。父さんに聞いてみる』
修一の両親も術師だ。
スマートフォンからぼそぼそと話し声が聞こえるが、内容はわからない。すぐに修一の声が戻る。
『乃彩、霊玉があるだろ?』
「はい」
つい最近、補習で嫌というほど作り出した霊玉だ。
『その霊玉を使って、癒しの霊を向こうに送り届けるイメージだ』
理解はできたが、実際にできるかは別だ。
「わかりました。やってみます」
そう答えるしかなかった。
普通の術師なら簡単に作れる霊玉も、乃彩の小学生並みの能力では難しい。
スマートフォンをスピーカーホンに切り替え、肩掛けバッグにしまう。
霊玉を作るため、遼真や琳、家族を助けたいと強く念じる。そうしてやっと霊力が形になる。
癒しの霊に語りかけ、霊玉に力を付与する。
(癒しの霊よ……)
霊玉が生まれ、手のひらが温かくなる。霊玉はふわふわと動き始めた。
(うまくいった……?)
乃彩の霊玉はいつもふらふらと動く。真っすぐ目標に当たればいいのに、そうはいかない。やる気がないと言われたこともある。
霊玉は結界を越え、あっちこっち揺れながらも、悪鬼が這い出るもやに近づく。
その霊玉の行方を見守っていたとき、乃彩は背後から人の気配を感じた。
修一らがやってきたのだろうか。だが、彼らが来るにしては早すぎるし、正面玄関からやってくるはず。
振り返るのが怖い。それでも振り返って相手を確かめなければならない。ここには敵と味方が混在している。
ゆっくりと首を回した。
「……茉依? どうして?」
「あら? 見つかっちゃった。あなたに気づかれぬ前に、殺しとこうと思ったのに、ね」
ね、と彼女が視線を向けた先には祐二がいる。
この二人は留置施設にいるはずではなかったのだろうか。だが、その留置施設だってこの議事堂の右側に位置している。そこから逃げ出したとなれば、位置的にもここにいるのも納得できる。
「ねえ、乃彩。死んでくれない?」
茉依が振り上げた右手には、霊力によって作られた刀が握られていた。それを乃彩めがけて振り下ろす。
霊力で練られた刀は、本物の刀と同じように殺傷能力がある場合と、霊力のみにダメージを与える場合がある。もしくは、その両方だ。だから、鬼を相手にするときは武器として使う。啓介が霊力を短刀のように扱うのも、それが理由だ。
「茉依!」
乃彩は叫びながらも、その軌道から逃れた。ひゅっと空を斬る音がする。恐らく、茉依が手にしている刀は、肉体も霊力もどちらも傷つけるもの。
「もう、うろちょろと鼠のように逃げて。祐二、乃彩を捕まえておきなさいよ」
茉依の声に従い、今度は祐二の腕が伸びてきた。乃彩はそれも器用に避けてみたが、避けた先に茉依がいて彼女に捕まってしまう。
「ほんと、最初からおとなしくしていれば、楽に殺してあげたのに」
首元に刀の刃が当てられる。
身体をひねり拘束を解こうとしたが、祐二が羽交い締めしてきたため、刃の軌道からは逃げられない。
「じゃあね、乃彩。ばいばい」
チリっと首元に痛みが走った瞬間、乃彩の脳裏に浮かんだのは遼真の姿だった。乃彩がいなくなったら、彼はまた妖力によって侵されていくだろう。



