「変わったこと。わたくしが遼真様と結婚したときですが……」
「つまり、私が乃彩を勘当したことで家族ではなくなり、莉乃に力が使えなくなったと、そう言いたいのですね?」
乃彩は静かに頷いた。
琳はわざとらしく咳払いをする。
「勘当と言っても、法的に親子の縁が切れるわけではありません。乃彩が日夏公爵と結婚したことで、日夏と春那の繋がりを快く思わない者もいるでしょう」
その言葉に、乃彩の鼓動が大きく高鳴る。修一から聞いた話と繋がる何かがある、かもしれない。
「とにかく、あなたと莉乃は姉妹であり、家族です」
「ですが、あのとき……確かに莉乃に力は使えませんでした」
「力そのものが使えなくなったのですか?」
琳が眼鏡の奥で目を細めた。
「……いえ。遼真様……旦那様には使えました。私の力がなくなったわけではありません」
「なるほど……そのとき、莉乃から何か感じませんでしたか? 普段と異なることなど」
乃彩は二か月前の莉乃との出来事を思い返す。
「お父様はご存知でしたか? 莉乃が勝手に魂の浄化をしていたことを」
伝えるべきだったが、琳と顔を合わせたのはあの日のパーティーだけ。話題にする機会もなく、春那家にわざわざ足を運ぶ気にもなれなかった。
琳の顔を見つめると、彼は眉間に深いしわを刻んだ。
「なるほど。莉乃を自由にさせすぎたようです。乃彩が家を出たこともあり、彼女なりに思うところがあったのでしょう。魂の浄化……なるほど……」
琳は左手に右肘を乗せ、顎を撫でながら考え込んだ。ほんの数秒の沈黙。
「わかりました。乃彩、まずは莉乃に治癒をお願いします」
「ですが、お父様!」
「大丈夫です。莉乃はあなたの妹であり、家族です。あなたが力を使えなかったのは、莉乃に原因がある。あなたでなければ莉乃を助けられません。感じますね? この妖力」
琳の言う通り、莉乃からは禍々しい気が漂っていた。それは彼女を鎧のように包み込んでいる。この鎧を壊さなければ、治癒は施せない。
このままでは莉乃は確実に死に向かう。乃彩だって、莉乃に死んでほしいわけではない。
乃彩は莉乃の右手を両手でそっと包み、妖力の鎧を破壊するよう念じた。
「一方的に浄化された魂は異界に堕ちます。鬼の縄張りである異界に送られた魂がどうなるか。良い方向には進みません。その魂の恨みを感じませんか?」
琳の言葉に耳を傾けながら、乃彩は妖力を探る。細い糸をたどるように繊細で、遼真の妖力とは異なる。
その細い妖力は莉乃の深層にまで入り込んでいる。目立たないだけに、奥深くまで潜り込むのだろう。
「妖力の根を探し、祓ってください」
感じるか感じないか、視えるか視えないか。そんな微細な妖力を追う。
(あった――)
乃彩の顔がぱっと明るくなった。
「それを莉乃から引き剥がすように祓ってください。根が残らないように」
(癒しの霊よ……)
反発する力を感じたが、乃彩は「お願い」と念じる。
ここ数年、特に高等部に進学してから、莉乃の乃彩に対する態度は冷たかった。
それでも昔は姉妹としてそれなりに仲が良かった。
なぜ莉乃は乃彩を利用し、虐げるようになったのか。彩音も琳も同じだ。
家族四人で桜を見に行ったあの日に戻りたい。
(癒しの霊よ……)
それは草をむしる感覚に似ていた。莉乃の奥に根を張る妖力を、根元からゆっくりと取り除く。
ふぅ、と乃彩は大きく息を吐いた。額にうっすら汗が滲む。
心の中で何度も念じる。
莉乃の霊力回復は何度も行ってきた。だから、その感覚はすぐにわかった。
「莉乃にまとわりつく妖力は、彼女が強制的に浄化した魂が根源です。だから癒しの霊はそれを拒んだのでしょう」
一方的に浄化された魂は狭間へ向かえず、異界に飛ばされる。そこでは莉乃への恨みを抱き、異界の力に影響され、妖力となって襲いかかった。元は魂ゆえ、癒しの霊は関わりを拒んだ。だから乃彩の力が莉乃に使えなかったのだ。
琳は言う。
「莉乃が勝手に魂を浄化したことで、癒しの霊と反発していた。それが乃彩の力が使えなかった理由です」
魂がこの世にとどまれば亡者となる。それを防ぐには、四十九日前に浄化し、異界に送らぬよう配慮すべきだ。
「つまり、私が乃彩を勘当したことで家族ではなくなり、莉乃に力が使えなくなったと、そう言いたいのですね?」
乃彩は静かに頷いた。
琳はわざとらしく咳払いをする。
「勘当と言っても、法的に親子の縁が切れるわけではありません。乃彩が日夏公爵と結婚したことで、日夏と春那の繋がりを快く思わない者もいるでしょう」
その言葉に、乃彩の鼓動が大きく高鳴る。修一から聞いた話と繋がる何かがある、かもしれない。
「とにかく、あなたと莉乃は姉妹であり、家族です」
「ですが、あのとき……確かに莉乃に力は使えませんでした」
「力そのものが使えなくなったのですか?」
琳が眼鏡の奥で目を細めた。
「……いえ。遼真様……旦那様には使えました。私の力がなくなったわけではありません」
「なるほど……そのとき、莉乃から何か感じませんでしたか? 普段と異なることなど」
乃彩は二か月前の莉乃との出来事を思い返す。
「お父様はご存知でしたか? 莉乃が勝手に魂の浄化をしていたことを」
伝えるべきだったが、琳と顔を合わせたのはあの日のパーティーだけ。話題にする機会もなく、春那家にわざわざ足を運ぶ気にもなれなかった。
琳の顔を見つめると、彼は眉間に深いしわを刻んだ。
「なるほど。莉乃を自由にさせすぎたようです。乃彩が家を出たこともあり、彼女なりに思うところがあったのでしょう。魂の浄化……なるほど……」
琳は左手に右肘を乗せ、顎を撫でながら考え込んだ。ほんの数秒の沈黙。
「わかりました。乃彩、まずは莉乃に治癒をお願いします」
「ですが、お父様!」
「大丈夫です。莉乃はあなたの妹であり、家族です。あなたが力を使えなかったのは、莉乃に原因がある。あなたでなければ莉乃を助けられません。感じますね? この妖力」
琳の言う通り、莉乃からは禍々しい気が漂っていた。それは彼女を鎧のように包み込んでいる。この鎧を壊さなければ、治癒は施せない。
このままでは莉乃は確実に死に向かう。乃彩だって、莉乃に死んでほしいわけではない。
乃彩は莉乃の右手を両手でそっと包み、妖力の鎧を破壊するよう念じた。
「一方的に浄化された魂は異界に堕ちます。鬼の縄張りである異界に送られた魂がどうなるか。良い方向には進みません。その魂の恨みを感じませんか?」
琳の言葉に耳を傾けながら、乃彩は妖力を探る。細い糸をたどるように繊細で、遼真の妖力とは異なる。
その細い妖力は莉乃の深層にまで入り込んでいる。目立たないだけに、奥深くまで潜り込むのだろう。
「妖力の根を探し、祓ってください」
感じるか感じないか、視えるか視えないか。そんな微細な妖力を追う。
(あった――)
乃彩の顔がぱっと明るくなった。
「それを莉乃から引き剥がすように祓ってください。根が残らないように」
(癒しの霊よ……)
反発する力を感じたが、乃彩は「お願い」と念じる。
ここ数年、特に高等部に進学してから、莉乃の乃彩に対する態度は冷たかった。
それでも昔は姉妹としてそれなりに仲が良かった。
なぜ莉乃は乃彩を利用し、虐げるようになったのか。彩音も琳も同じだ。
家族四人で桜を見に行ったあの日に戻りたい。
(癒しの霊よ……)
それは草をむしる感覚に似ていた。莉乃の奥に根を張る妖力を、根元からゆっくりと取り除く。
ふぅ、と乃彩は大きく息を吐いた。額にうっすら汗が滲む。
心の中で何度も念じる。
莉乃の霊力回復は何度も行ってきた。だから、その感覚はすぐにわかった。
「莉乃にまとわりつく妖力は、彼女が強制的に浄化した魂が根源です。だから癒しの霊はそれを拒んだのでしょう」
一方的に浄化された魂は狭間へ向かえず、異界に飛ばされる。そこでは莉乃への恨みを抱き、異界の力に影響され、妖力となって襲いかかった。元は魂ゆえ、癒しの霊は関わりを拒んだ。だから乃彩の力が莉乃に使えなかったのだ。
琳は言う。
「莉乃が勝手に魂を浄化したことで、癒しの霊と反発していた。それが乃彩の力が使えなかった理由です」
魂がこの世にとどまれば亡者となる。それを防ぐには、四十九日前に浄化し、異界に送らぬよう配慮すべきだ。



