驚いた様子の修一だったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「日夏公爵ともあろう方が、意外と過保護なんですね」
「結婚したとはいえ、俺の妻はこんなに魅力的な女性だからな。結婚云々に関係なく、近づきたいと思う不埒な男が後を絶たない。だから、つい過保護になってしまうんだ」
普段の遼真なら口にしない言葉に、乃彩は耳を疑った。
「なるほど。乃彩も嫉妬深い旦那さんでは苦労するね」
いつも穏やかな修一の声に、わずかな棘が感じられた。
「必要な話は終わりました。公爵夫人を無断でお借りして申し訳ありません。僕と乃彩は幼馴染で、どうしても彼女が不自由していないか気になってしまうんです」
修一が軽く頭を下げたが、心からの謝罪とは言い難い。
「話が終わったなら、帰ろうか、乃彩」
そう言われても、乃彩のミルクティーはまだ半分以上残っている。
「女性がお茶を飲む時間すら待てないとは。余裕のない男は嫌われますよ?」
遼真は腰を下ろし直したが、修一はそんな彼を横目にゆっくりとコーヒーを飲んでいる。 乃彩には居たたまれない空気だった。
美味しいはずのミルクティーがひどく苦く感じる。残りを一気に飲み干そうとすると、「慌てなくていいよ」と修一が声をかけてきた。
だが、この場を一刻も早く立ち去りたい乃彩は彼の声を無視して飲み切った。
「ごちそうさま」
「フィナンシェ、残ってるよ」
「お腹がいっぱいなので」
「急いで飲んだからだろ。後で食べなよ」
個装されたフィナンシェはテイクアウトも可能だ。
「なんだ、今日は大福じゃないのか?」
なぜ今そんなことを言うのか。乃彩はフィナンシェを鞄に入れ、慌てて立ち上がった。
「遼真様、帰りましょう。おばあさまも待っています」
「そうだな」
遼真は立ち上がり、修一を一瞥した。
「妻が世話になったな」
遼真がさっさと店を出ると、乃彩がその後を追う。
「乃彩、また連絡するよ。連絡先はおじさんから聞いてるから」
乃彩のスマホに登録されているのは春那家の家族と数人の友人、最近では遼真と啓介が加わったくらい。
結婚して以来、琳や彩音からの連絡はない。ときどき莉乃が意味不明なメッセージを送ってくるが、無視している。それでも教室にまで押しかけてくるようになった。
だから、琳が修一に連絡先を教えたというのは、そういうことなのだろう。
修一に軽く頭を下げ、乃彩は店を出た。店の外で遼真が待っていた。
「帰るぞ」
「それより、どうして遼真様がここに?」
「啓介からの連絡だ。おまえが友達と寄り道するなんて言うから。友達、いないだろ?」
「失礼ですね。友達の一人くらいいます」
その一人が聡美だ。彼女とは二年ほど親しい関係が続いている。
「清和侯爵夫人か?」
それすら遼真にバレていた。
「とにかく、啓介はおまえが事件に巻き込まれるんじゃないかと心配して俺に連絡してきたんだ」
「正直に春那の親戚と会うと言えばよかったですね」
「まぁ……それでも心配になるな」
「遼真様って、意外と心配性なんですね」
「おまえに何かあれば、俺は再び妖力に侵されて死ぬ。おまえしか俺から妖力を取り除けないんだ」
その言葉に乃彩はぎくりとした。
遼真が自分を案じるのは、彼自身の為なのだ。乃彩が離れれば、彼は妖力に侵され死ぬ。この結婚はお互いを利用し合うものだと分かっているのに。
気持ちを抑えるように、乃彩は話題を変えた。
「啓介さんはどこに?」
駐車場に向かったが、見慣れた車は見当たらない。
「だから、啓介から連絡を受けて、俺が飛んできたんだよ」
ワインレッドの曲線が美しいスポーツカーが目に入った。
「これ、遼真様の車ですか?」
「そうだ。どうかした?」
「いえ、遼真様が運転するのを見るのは初めてなので。運転、できるんですね?」
「免許くらい持ってる。いつも啓介に頼むのは、移動中にも仕事をするためだ」
移動時間すら惜しいのだろう。納得しつつ、乃彩は車に乗り込んだ。やっと心が落ち着き、深く息を吐いた。
「おまえが無事でよかった」
遼真がぼそりと呟き、アクセルを踏んだ。
車の心地よい振動に、乃彩はうとうとし始めた。遼真がなぜあの場所に駆けつけたのか、莉乃や修一のことについて話したかったのに、眠気に負けた。
「日夏公爵ともあろう方が、意外と過保護なんですね」
「結婚したとはいえ、俺の妻はこんなに魅力的な女性だからな。結婚云々に関係なく、近づきたいと思う不埒な男が後を絶たない。だから、つい過保護になってしまうんだ」
普段の遼真なら口にしない言葉に、乃彩は耳を疑った。
「なるほど。乃彩も嫉妬深い旦那さんでは苦労するね」
いつも穏やかな修一の声に、わずかな棘が感じられた。
「必要な話は終わりました。公爵夫人を無断でお借りして申し訳ありません。僕と乃彩は幼馴染で、どうしても彼女が不自由していないか気になってしまうんです」
修一が軽く頭を下げたが、心からの謝罪とは言い難い。
「話が終わったなら、帰ろうか、乃彩」
そう言われても、乃彩のミルクティーはまだ半分以上残っている。
「女性がお茶を飲む時間すら待てないとは。余裕のない男は嫌われますよ?」
遼真は腰を下ろし直したが、修一はそんな彼を横目にゆっくりとコーヒーを飲んでいる。 乃彩には居たたまれない空気だった。
美味しいはずのミルクティーがひどく苦く感じる。残りを一気に飲み干そうとすると、「慌てなくていいよ」と修一が声をかけてきた。
だが、この場を一刻も早く立ち去りたい乃彩は彼の声を無視して飲み切った。
「ごちそうさま」
「フィナンシェ、残ってるよ」
「お腹がいっぱいなので」
「急いで飲んだからだろ。後で食べなよ」
個装されたフィナンシェはテイクアウトも可能だ。
「なんだ、今日は大福じゃないのか?」
なぜ今そんなことを言うのか。乃彩はフィナンシェを鞄に入れ、慌てて立ち上がった。
「遼真様、帰りましょう。おばあさまも待っています」
「そうだな」
遼真は立ち上がり、修一を一瞥した。
「妻が世話になったな」
遼真がさっさと店を出ると、乃彩がその後を追う。
「乃彩、また連絡するよ。連絡先はおじさんから聞いてるから」
乃彩のスマホに登録されているのは春那家の家族と数人の友人、最近では遼真と啓介が加わったくらい。
結婚して以来、琳や彩音からの連絡はない。ときどき莉乃が意味不明なメッセージを送ってくるが、無視している。それでも教室にまで押しかけてくるようになった。
だから、琳が修一に連絡先を教えたというのは、そういうことなのだろう。
修一に軽く頭を下げ、乃彩は店を出た。店の外で遼真が待っていた。
「帰るぞ」
「それより、どうして遼真様がここに?」
「啓介からの連絡だ。おまえが友達と寄り道するなんて言うから。友達、いないだろ?」
「失礼ですね。友達の一人くらいいます」
その一人が聡美だ。彼女とは二年ほど親しい関係が続いている。
「清和侯爵夫人か?」
それすら遼真にバレていた。
「とにかく、啓介はおまえが事件に巻き込まれるんじゃないかと心配して俺に連絡してきたんだ」
「正直に春那の親戚と会うと言えばよかったですね」
「まぁ……それでも心配になるな」
「遼真様って、意外と心配性なんですね」
「おまえに何かあれば、俺は再び妖力に侵されて死ぬ。おまえしか俺から妖力を取り除けないんだ」
その言葉に乃彩はぎくりとした。
遼真が自分を案じるのは、彼自身の為なのだ。乃彩が離れれば、彼は妖力に侵され死ぬ。この結婚はお互いを利用し合うものだと分かっているのに。
気持ちを抑えるように、乃彩は話題を変えた。
「啓介さんはどこに?」
駐車場に向かったが、見慣れた車は見当たらない。
「だから、啓介から連絡を受けて、俺が飛んできたんだよ」
ワインレッドの曲線が美しいスポーツカーが目に入った。
「これ、遼真様の車ですか?」
「そうだ。どうかした?」
「いえ、遼真様が運転するのを見るのは初めてなので。運転、できるんですね?」
「免許くらい持ってる。いつも啓介に頼むのは、移動中にも仕事をするためだ」
移動時間すら惜しいのだろう。納得しつつ、乃彩は車に乗り込んだ。やっと心が落ち着き、深く息を吐いた。
「おまえが無事でよかった」
遼真がぼそりと呟き、アクセルを踏んだ。
車の心地よい振動に、乃彩はうとうとし始めた。遼真がなぜあの場所に駆けつけたのか、莉乃や修一のことについて話したかったのに、眠気に負けた。



