「よかったね、お姉ちゃん」
明るい声を発したのは、年子の妹の莉乃。両親を同じくする姉妹は顔もよく似ている。
乃彩の黒髪ロングヘアに対し、莉乃の髪は少し明るく、肩より上で切り揃え、毛先をこてで巻いている。
「学校の落ちこぼれのお姉ちゃんが、他家の術師華族の役に立てるなんて。これで『能なし令嬢』の汚名を返上できるね」
ニヤリと笑う莉乃は、乃彩を明らかに馬鹿にしている。
乃彩は黙って箸を動かすだけ。
両親と妹がいる家で、雨風をしのぎ、三食をきちんと食べられる。虐げられているわけではないのに、家族の態度は冷ややかなもの。
それは乃彩の能力に起因する。
術師華族の子は、幼い頃から霊力を高め、制御する力を養うため、幼小中高一貫の宝暦学園に通う。
乃彩も幼稚園から通い、現在は高等部一年。十年以上学園で学びながら、ついたあだ名は「能なし令嬢」。四大公爵家の血筋でありながら、霊力が「家族」にしか使えないためだ。
その使い方に気づいたのは中等部に入ってからで、初等部では本当に何もできなかった。
学園の実技では、霊力を使えずほぼゼロ点。教師も点数を付けようがなかった。
最近になって、ようやく霊力の玉――霊玉を出すことができるようになった。これは初等部一年のレベルで、鬼を倒すための基本技。
「他家を助けたなら、先生も少しは点数をくれるんじゃない?」
莉乃の嘲るような笑い方は癪に障るが、反論はできない。反論すれば何十倍にもなって返ってくるのが目に見えている。
乃彩の実技がゼロ点なのは、学園の誰もが知る事実。だから「能なし令嬢」と呼ばれるのだ。
「お姉ちゃんの顔なら、嫁としても文句は出ないよね?」
乃彩はふっくらとした頬の丸顔で、時折実年齢より幼く見えるが、母親譲りの黒髪が妖艶さを引き立て、父親譲りの切れ長の目が冷たい印象を与える。そのアンバランスな容姿に惹かれる男性も多い。
霊力を使いこなせないのをいいことに、乃彩に近づく男もいる。彼女を側に置くだけで価値があると考える者や、春那公爵家との縁を求める思惑もある。
「莉乃、そういうことは言わないの。乃彩は貴重な治癒能力を持っているのだから」
母親の彩音が割って入るが、乃彩を気遣ってのことではない。
「その力はここぞという時に使うもの。学校の成績では表せない能力もあるわ」
彩音が艶やかに笑う。
「そうね、お母さん。お姉ちゃんの力はちゃんと役に立ってるもの!」
莉乃の言葉に、乃彩の胸が締め付けられる。
「やだ、お姉ちゃん。被害者みたいな顔しないで。力を使えないお姉ちゃんの代わりに、私が使ってあげてるんでしょ?」
莉乃の言葉は正しい。乃彩の治癒能力は、姉妹である莉乃にも使える。
莉乃は授業で霊力を消費すると、休み時間に乃彩を呼び出し、霊力の回復を命じる。
そのおかげで、莉乃は他の生徒より膨大な霊力を持つと見なされているのだ。
――使えないお姉ちゃんの力を、有効活用してるの!
莉乃の高評価の裏に乃彩の存在があることは、誰も知らない。
乃彩には文句を言う気も、力を誇る気もない。
今は成人を迎え、学園を卒業し、ひっそりと就職してこの家を出たいと考えている。
霊力を使いこなせない以上、術師として鬼と対峙するのは難しい。
そう思っていた乃彩に、父親から突きつけられたのが「結婚」だった。
ほうれん草のごま和えを口にしたが、砂を噛むような味だった。
明るい声を発したのは、年子の妹の莉乃。両親を同じくする姉妹は顔もよく似ている。
乃彩の黒髪ロングヘアに対し、莉乃の髪は少し明るく、肩より上で切り揃え、毛先をこてで巻いている。
「学校の落ちこぼれのお姉ちゃんが、他家の術師華族の役に立てるなんて。これで『能なし令嬢』の汚名を返上できるね」
ニヤリと笑う莉乃は、乃彩を明らかに馬鹿にしている。
乃彩は黙って箸を動かすだけ。
両親と妹がいる家で、雨風をしのぎ、三食をきちんと食べられる。虐げられているわけではないのに、家族の態度は冷ややかなもの。
それは乃彩の能力に起因する。
術師華族の子は、幼い頃から霊力を高め、制御する力を養うため、幼小中高一貫の宝暦学園に通う。
乃彩も幼稚園から通い、現在は高等部一年。十年以上学園で学びながら、ついたあだ名は「能なし令嬢」。四大公爵家の血筋でありながら、霊力が「家族」にしか使えないためだ。
その使い方に気づいたのは中等部に入ってからで、初等部では本当に何もできなかった。
学園の実技では、霊力を使えずほぼゼロ点。教師も点数を付けようがなかった。
最近になって、ようやく霊力の玉――霊玉を出すことができるようになった。これは初等部一年のレベルで、鬼を倒すための基本技。
「他家を助けたなら、先生も少しは点数をくれるんじゃない?」
莉乃の嘲るような笑い方は癪に障るが、反論はできない。反論すれば何十倍にもなって返ってくるのが目に見えている。
乃彩の実技がゼロ点なのは、学園の誰もが知る事実。だから「能なし令嬢」と呼ばれるのだ。
「お姉ちゃんの顔なら、嫁としても文句は出ないよね?」
乃彩はふっくらとした頬の丸顔で、時折実年齢より幼く見えるが、母親譲りの黒髪が妖艶さを引き立て、父親譲りの切れ長の目が冷たい印象を与える。そのアンバランスな容姿に惹かれる男性も多い。
霊力を使いこなせないのをいいことに、乃彩に近づく男もいる。彼女を側に置くだけで価値があると考える者や、春那公爵家との縁を求める思惑もある。
「莉乃、そういうことは言わないの。乃彩は貴重な治癒能力を持っているのだから」
母親の彩音が割って入るが、乃彩を気遣ってのことではない。
「その力はここぞという時に使うもの。学校の成績では表せない能力もあるわ」
彩音が艶やかに笑う。
「そうね、お母さん。お姉ちゃんの力はちゃんと役に立ってるもの!」
莉乃の言葉に、乃彩の胸が締め付けられる。
「やだ、お姉ちゃん。被害者みたいな顔しないで。力を使えないお姉ちゃんの代わりに、私が使ってあげてるんでしょ?」
莉乃の言葉は正しい。乃彩の治癒能力は、姉妹である莉乃にも使える。
莉乃は授業で霊力を消費すると、休み時間に乃彩を呼び出し、霊力の回復を命じる。
そのおかげで、莉乃は他の生徒より膨大な霊力を持つと見なされているのだ。
――使えないお姉ちゃんの力を、有効活用してるの!
莉乃の高評価の裏に乃彩の存在があることは、誰も知らない。
乃彩には文句を言う気も、力を誇る気もない。
今は成人を迎え、学園を卒業し、ひっそりと就職してこの家を出たいと考えている。
霊力を使いこなせない以上、術師として鬼と対峙するのは難しい。
そう思っていた乃彩に、父親から突きつけられたのが「結婚」だった。
ほうれん草のごま和えを口にしたが、砂を噛むような味だった。



