中間テストが終わり、乃彩は術師実技を除く全教科でほぼ満点を取った。予想通りの結果だが、実技はやはり夏休みの補習が必要な点数だった。
一方、耳に入った噂では、莉乃の成績が振るわなかったらしい。術師実技の試験中に霊力を使いすぎて倒れたという話も聞こえてきた。
乃彩が莉乃の治癒、霊力回復を行わなかったからだろうか。
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、今はパーティーの最終調整に追われている。
慌ただしく日々が過ぎ、迎えた当日。朝から乃彩は着物を着付けられていた。
「大奥様、髪はどうしましょう?」
帯をきつく締めてくれたのは百合江だ。加代子が髪をすき、どうするか思案している。
「背中に流して、顔に髪がかからないよう、ここを編み込みにして」
乃彩は立ち尽くし、マネキンのようにされるがまま。
「化粧はファンデーションまで不要よ。この肌を生かしたほうがいい。乳液までで、目の周りは軽くメイクして、口紅を」
百合江の指示で使用人がてきぱき動く。
「私の見立ては間違っていなかったわ」
着物をまとい、化粧を施し、髪を編み込んだ乃彩に、百合江は満足そうに頷く。
「乃彩さん、椅子に座るときは浅くね。帯が崩れたらすぐ直すから、声をかけて」
今日のパーティーは日夏公爵家主催のため、百合江も参加する。
「はい、わかりました」
着物に袖を通し、こうした催しに参加するのは乃彩にとって初めてだ。腹部に詰められた帯で少し息苦しい。
「では、行きましょう」
百合江に促され部屋を出ると、遼真が待っていた。前髪をすっきりと撫でつけ、濃紺のスーツに身を包んだ彼は、いつもより凛々しく上品だ。
「急に大人びたな」
乃彩の着物姿をじっくり眺め、遼真は感心したように呟く。
「遼真様も今日は真面目に見えます」
「俺はいつも真面目だ」
「お二人とも、惚気はほどほどに。急がないと遅れますよ」
百合江の言葉に従い、二人は啓介が運転する車に乗り込んだ。
会場は日夏家が長年利用するホテル。結婚式の披露宴にも使われる場所だ。そこで最終確認を済ませ、招待客を待つ。
控え室の鏡台の前で、乃彩は背筋を伸ばして座る。
「なんだ、緊張してるのか?」
飲み物のグラスを渡し、遼真はソファにどっかり腰を下ろす。
「そうかもしれません……。今日の方々は、わたくしが遼真様と結婚したことを知るんですよね?」
「まあな。だが、総会で報告済みだし、俺は隠すつもりもない。今さらと思う者もいるだろ」
「でも、わたくしの周りではほとんど知られていません。このパーティーで周知され、いつ皆に広まるのか、それが怖いんです」
「怖い? なぜだ。おまえは俺の妻で日夏公爵夫人だ。堂々としていればいい」
そう言われても、怖いものは怖い。なぜ怖いのか、理由もはっきりしない。
「俺はおまえと結婚したことを後悔していない。おまえはどうだ?」
「わたくしも後悔していません。むしろ感謝しています」
「なら、怯える必要はない。周りの言葉なんて戯れ言だ」
そこへ啓介が「時間です」とノック一度で入ってくる。
「啓介、ノックと同時に入るな」
「すみません、以後気をつけます。ですが、もう時間なんで、いいですか?」
「おい、雑だな。まあ、今に始まったことじゃないが」
乃彩のグラスを奪い、遼真はトレイに置く。まだ飲みかけだったが、時間と言われれば仕方ない。
「奥様、こうして見ると本当に素敵ですね。あ、遼真様も今日はかっこいいですよ」
「その、とってつけた感じやめろ」
「いや、お二人の緊張をほぐそうかと……」
いつもの二人のやりとりに、乃彩はくすりと笑みをこぼす。
「ありがとう、啓介さん。おかげで緊張がほぐれました。遼真様、行きましょう」
乃彩が見上げて声をかける。
「あ、うん。行くか」
「遼真様、今、絶対奥様にときめきましたよね? っていうか、その笑顔は反則ですよ」
「おまえは黙ってろ」
やはり、いつもの二人だった。
一方、耳に入った噂では、莉乃の成績が振るわなかったらしい。術師実技の試験中に霊力を使いすぎて倒れたという話も聞こえてきた。
乃彩が莉乃の治癒、霊力回復を行わなかったからだろうか。
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、今はパーティーの最終調整に追われている。
慌ただしく日々が過ぎ、迎えた当日。朝から乃彩は着物を着付けられていた。
「大奥様、髪はどうしましょう?」
帯をきつく締めてくれたのは百合江だ。加代子が髪をすき、どうするか思案している。
「背中に流して、顔に髪がかからないよう、ここを編み込みにして」
乃彩は立ち尽くし、マネキンのようにされるがまま。
「化粧はファンデーションまで不要よ。この肌を生かしたほうがいい。乳液までで、目の周りは軽くメイクして、口紅を」
百合江の指示で使用人がてきぱき動く。
「私の見立ては間違っていなかったわ」
着物をまとい、化粧を施し、髪を編み込んだ乃彩に、百合江は満足そうに頷く。
「乃彩さん、椅子に座るときは浅くね。帯が崩れたらすぐ直すから、声をかけて」
今日のパーティーは日夏公爵家主催のため、百合江も参加する。
「はい、わかりました」
着物に袖を通し、こうした催しに参加するのは乃彩にとって初めてだ。腹部に詰められた帯で少し息苦しい。
「では、行きましょう」
百合江に促され部屋を出ると、遼真が待っていた。前髪をすっきりと撫でつけ、濃紺のスーツに身を包んだ彼は、いつもより凛々しく上品だ。
「急に大人びたな」
乃彩の着物姿をじっくり眺め、遼真は感心したように呟く。
「遼真様も今日は真面目に見えます」
「俺はいつも真面目だ」
「お二人とも、惚気はほどほどに。急がないと遅れますよ」
百合江の言葉に従い、二人は啓介が運転する車に乗り込んだ。
会場は日夏家が長年利用するホテル。結婚式の披露宴にも使われる場所だ。そこで最終確認を済ませ、招待客を待つ。
控え室の鏡台の前で、乃彩は背筋を伸ばして座る。
「なんだ、緊張してるのか?」
飲み物のグラスを渡し、遼真はソファにどっかり腰を下ろす。
「そうかもしれません……。今日の方々は、わたくしが遼真様と結婚したことを知るんですよね?」
「まあな。だが、総会で報告済みだし、俺は隠すつもりもない。今さらと思う者もいるだろ」
「でも、わたくしの周りではほとんど知られていません。このパーティーで周知され、いつ皆に広まるのか、それが怖いんです」
「怖い? なぜだ。おまえは俺の妻で日夏公爵夫人だ。堂々としていればいい」
そう言われても、怖いものは怖い。なぜ怖いのか、理由もはっきりしない。
「俺はおまえと結婚したことを後悔していない。おまえはどうだ?」
「わたくしも後悔していません。むしろ感謝しています」
「なら、怯える必要はない。周りの言葉なんて戯れ言だ」
そこへ啓介が「時間です」とノック一度で入ってくる。
「啓介、ノックと同時に入るな」
「すみません、以後気をつけます。ですが、もう時間なんで、いいですか?」
「おい、雑だな。まあ、今に始まったことじゃないが」
乃彩のグラスを奪い、遼真はトレイに置く。まだ飲みかけだったが、時間と言われれば仕方ない。
「奥様、こうして見ると本当に素敵ですね。あ、遼真様も今日はかっこいいですよ」
「その、とってつけた感じやめろ」
「いや、お二人の緊張をほぐそうかと……」
いつもの二人のやりとりに、乃彩はくすりと笑みをこぼす。
「ありがとう、啓介さん。おかげで緊張がほぐれました。遼真様、行きましょう」
乃彩が見上げて声をかける。
「あ、うん。行くか」
「遼真様、今、絶対奥様にときめきましたよね? っていうか、その笑顔は反則ですよ」
「おまえは黙ってろ」
やはり、いつもの二人だった。



