並べられた着物の写真の中から気になったものを手にすると、その現物を女性スタッフが用意する。百合江が次から次へと反物を選び、その柄を乃彩の身体に当て、ああでもないこうでもないと呟く。
「奥様は涼やかな顔立ちをしていますが……おもいきって、このように明るい色を選んでみてはいかがでしょう?」
 尚之が手にしたのは淡いピンクの反物だった。そこに金で縁取られ、白や紫といった色の杜若(かきつばた)が描かれている。
「この色は、撫子(なでしこ)かしら?」
「はい、大奥様」
「杜若もいいわね。初夏のイメージ。日夏の家の者としてぴったりだわ。乃彩さん、どうかしら?」
 写真で見るのと実際に目にするのでは、色の映え方がまったく違っていて、圧倒されてしまう。
「あ、はい。ですが、このような淡い色がわたくしに似合うか……」
 いつも人前に出るときは、濃紺や深紅など、濃い色の服を着せられていた。こういった淡い色合いの服は莉乃が好んで着ていたのを思い出す。
「えぇ、お似合いです」
 尚之が親しげに声をかけてきた。なぜか遼真がむっとして威圧的に睨み、反物と乃彩を交互に見つめる。
「いいんじゃないのか? 今だって似たような色の服を着てるだろ?」
「これは、加代子さんが準備してくださったもので……」
「加代子さんだって、おまえに似合うと思ったからそれを選んだんだろ? 悪くはない」
「いやぁ。まさか、リョウのそんなデレた顔を見れるとは思ってもなかったなぁ。やっぱり俺が来てよかったわ~」
 尚之は崩した口調で遼真を茶化す。
「いいからおまえは黙ってろ。親父さんはどうした?」
「あ~親父ね。腰、やっちゃってね。移動がきついんだよ。おとなしく社長の椅子に座ってるわ」
 遼真が小さく舌打ちをしたのを、乃彩は聞き逃さなかった。
 その後、百合江と話をすすめ、撫子色の着物に決めた。
 それからドレスも用意したいという百合江の言葉で別の部屋に連れていかれ、採寸した挙げ句、着せ替え人形のようにドレスをいくつも着せられた。
 結局、ドレスは三着ほど選び、それらは今後の各公爵家主催のパーティーに参加するときに身に着けるものとなった。
 すっかりと衣装選びに盛り上がってしまい、全てを終えたときには外も夕闇に呑まれていた。
「遅くまで付き合わせて悪かったな」
 帰り支度をする尚之に、遼真は労いの言葉をかける。
「いんや? 俺も楽しませてもらえたし。時間外手当は請求するし。何も問題ない」
「あまりにもふっかけるようなら、おまえのとこのシステム、使えなくしてやるからな」
「その脅し。一番、怖いわ」
 遼真と尚之は、そういった軽口をたたける関係なのだろう。
「啓介は、相変わらずリョウの腰巾着やってるんだな」
「これが僕の仕事なので」
 啓介はにこりともせずに答えた。
「まぁ、俺にはおまえたちのことはさっぱりわからんけど」
 尚之は肩をすくめてから、部屋を出ていった。乃彩が見送ろうとすれば、それを制される。
「俺が行く。おまえも疲れただろう? すぐに食事にしてもらうが、それまでは休んでいろ。啓介」
 遼真が目配せをし、啓介を連れて尚之の後を追った。
「奥様、お疲れになりましたでしょう?」
 残されたのは、乃彩と百合江と加代子。加代子はすぐに冷たいお茶を用意して、乃彩と百合江の前に置いた。
「いいものが選べてよかったわ」
 百合江は満足そうに微笑んだ。
「あの、櫻井さんとのご関係は……」
「昔から、懇意にしている呉服店なの。でも今は呉服店とは言わないみたいね。着物もドレスも手広くやってくれるから、助かっているわ。確か……尚之さんのお父様が社長になってからかしら? 今の形になったのは」
 断片的に聞こえてきた会話からも、あの会社の代表は尚之の父親なのだろうとは思っていた。若くして取締役とか営業本部長とかの肩書きがついているのにも驚いたが、父親が代表となれば納得はできる。
「遼真さんとは、昔から仲が良くてね」
 百合江の様子を見れば、尚之を信用しているのがよくわかる。
「着物、楽しみです」
 その言葉は、間違いなく乃彩の本音だ。
「そうね。ですが、まだまだパーティーの準備は終わっておりませんからね」
 百合江がぴしゃりと言い、乃彩は曖昧にほほ笑んだ。