左手が熱いのは、怪我をしたからではない。同じように眉間もずっと熱い。誰かの善意によって触れられたところが熱をもっている。
「啓介さん。招待状を送るリストはこちらでよろしいのですか?」
昨日、遼真にパーティーの準備を手伝いたいと申し出たはずなのに、啓介のほうから「お願いします」と泣きつかれた。
学校から帰ってきた乃彩は、応接室で啓介とパーティーの準備についてすぐに話し合いを始めた。準備するものがあるなら、少しでも早く動いたほうがいい。
「はい。昨年のリストがこちらです」
総会には侯爵以上の術師華族が出席するが、パーティーは術師華族のすべてが出席対象となり、パートナーを伴って参加する者が多い。未就学児に限り同伴を許しているため、場合によっては彼らの子も。
術師華族には年寄りが多いと言っていた遼真だが、爵位をもつ彼らの平均年齢は四十代後半だと記憶している。だから遼真も琳も、若手のほうに分類された。まして公爵位という最上位の爵位。そういった経緯もあっての、年寄り発言なのだと推測する。
現在、術師華族の爵位を持つ者は三百人弱ほど。そんな彼らが一同に会するわけだから、六百人ほどの規模を見積もればいいだろう。
「啓介さん。昨年のリストと華族の名簿の突き合わせはわたくしのほうで行います」
名簿とは術師華族の名が書き連ねてある帳簿のことだ。昔は手書きで書かれており、人が入れ替わるたびに二重線で消したり、矢印で追加されたりしていた。
しかし今は、パソコンの表計算ソフトを用いているため、現在の年齢はもちろんのこと、爵位を継承して何年かまで、自動で計算してくれる。
「名簿との突き合わせですか?」
啓介は乃彩の言葉が意外だとでも言わんばかりに、目をぱちくりとさせている。
「はい。代替わりされているところもありますので。記憶に頼るよりも、名簿との突き合わせのほうが確実です。間違えましたら失礼にあたりますから」
「そうなんですね」
遼真がパーティーの準備を啓介に頼んだと言っているわりには、啓介もよくわかっていないようだ。
「啓介さんは、昨年のパーティーの準備も?」
「いえ、昨年は大奥様が……。遼真様の爵位継承の件もありましたから」
そこで乃彩は眉間にしわを作る。
遼真が爵位を継いだのは約一年前だと聞いた。理由は前公爵である彼の祖父が亡くなったからだ。ただ四十九日さえ過ぎてしまえば、こういったパーティーを開催してもなんら問題はない。むしろ、遼真の爵位継承を報告する場になったはず。悲しみに暮れるよりも、明るい話題で前を向きたい。
「啓介さん。今回も大奥様に頼むことはできないのでしょうか? 全部というわけではなく、わからないところを教えていただきたいのですが」
「どうでしょう? 大奥様も昨年のパーティーが終わった後から、気鬱が酷くなりまして。それで向こうで静かに暮らしているわけですが」
「昨年はきっと、パーティーだけはやり遂げなければという思いがあったのではないでしょうか。それが終わったことで気が抜けたといいますか。大奥様にはわたくしもきちんとご挨拶できていなくて」
「そうですね。奥様も、朝は早く学校に向かわれますし。帰ってきてからも何かとバタバタしておりましたし。遼真様は週末にでも挨拶をすればいいと思っているようですが」
「そうなのですね。では、そのときに大奥様に相談してみます。まずは、できるところから始めましょう。名簿との突き合わせをわたくしのほうで行いますね。新たに叙爵された方も確認しなければなりませんし」
爵位を継げない者は跡継ぎのいない家の養子となる者もいるが、術師として功績をあげれば爵位を授かることもあり、そういった叙爵対象者は術師総会によって決められる。
「はい。ありがとうございます。では、僕は何をしましょう?」
「昨年手配したものや予算の確認をお願いします。会場は、各家で贔屓にしている場所があると思いますので」
「そこだけはおさえてあります。昨年と同じですが」
「それでかまいません。むしろ、毎年、会場を変えるほうが変に疑われてしまいますから。パーティーの会場だけは、毎年同じ場所を。だけど料理に変化をつけるようにと……母が言っておりました」
このタイミングで彩音を思い出してしまった。
「なるほど。では僕のほうはそちらを確認しておきます。あ、奥様はほどほどにでお願いします。そうしないと、僕が遼真様から叱られてしまいますから」
「それは大変ですね。では、まずは学校の課題を終わらせてからにしますね」
乃彩が笑みをこぼすと、啓介も目を細めた。
「啓介さん。招待状を送るリストはこちらでよろしいのですか?」
昨日、遼真にパーティーの準備を手伝いたいと申し出たはずなのに、啓介のほうから「お願いします」と泣きつかれた。
学校から帰ってきた乃彩は、応接室で啓介とパーティーの準備についてすぐに話し合いを始めた。準備するものがあるなら、少しでも早く動いたほうがいい。
「はい。昨年のリストがこちらです」
総会には侯爵以上の術師華族が出席するが、パーティーは術師華族のすべてが出席対象となり、パートナーを伴って参加する者が多い。未就学児に限り同伴を許しているため、場合によっては彼らの子も。
術師華族には年寄りが多いと言っていた遼真だが、爵位をもつ彼らの平均年齢は四十代後半だと記憶している。だから遼真も琳も、若手のほうに分類された。まして公爵位という最上位の爵位。そういった経緯もあっての、年寄り発言なのだと推測する。
現在、術師華族の爵位を持つ者は三百人弱ほど。そんな彼らが一同に会するわけだから、六百人ほどの規模を見積もればいいだろう。
「啓介さん。昨年のリストと華族の名簿の突き合わせはわたくしのほうで行います」
名簿とは術師華族の名が書き連ねてある帳簿のことだ。昔は手書きで書かれており、人が入れ替わるたびに二重線で消したり、矢印で追加されたりしていた。
しかし今は、パソコンの表計算ソフトを用いているため、現在の年齢はもちろんのこと、爵位を継承して何年かまで、自動で計算してくれる。
「名簿との突き合わせですか?」
啓介は乃彩の言葉が意外だとでも言わんばかりに、目をぱちくりとさせている。
「はい。代替わりされているところもありますので。記憶に頼るよりも、名簿との突き合わせのほうが確実です。間違えましたら失礼にあたりますから」
「そうなんですね」
遼真がパーティーの準備を啓介に頼んだと言っているわりには、啓介もよくわかっていないようだ。
「啓介さんは、昨年のパーティーの準備も?」
「いえ、昨年は大奥様が……。遼真様の爵位継承の件もありましたから」
そこで乃彩は眉間にしわを作る。
遼真が爵位を継いだのは約一年前だと聞いた。理由は前公爵である彼の祖父が亡くなったからだ。ただ四十九日さえ過ぎてしまえば、こういったパーティーを開催してもなんら問題はない。むしろ、遼真の爵位継承を報告する場になったはず。悲しみに暮れるよりも、明るい話題で前を向きたい。
「啓介さん。今回も大奥様に頼むことはできないのでしょうか? 全部というわけではなく、わからないところを教えていただきたいのですが」
「どうでしょう? 大奥様も昨年のパーティーが終わった後から、気鬱が酷くなりまして。それで向こうで静かに暮らしているわけですが」
「昨年はきっと、パーティーだけはやり遂げなければという思いがあったのではないでしょうか。それが終わったことで気が抜けたといいますか。大奥様にはわたくしもきちんとご挨拶できていなくて」
「そうですね。奥様も、朝は早く学校に向かわれますし。帰ってきてからも何かとバタバタしておりましたし。遼真様は週末にでも挨拶をすればいいと思っているようですが」
「そうなのですね。では、そのときに大奥様に相談してみます。まずは、できるところから始めましょう。名簿との突き合わせをわたくしのほうで行いますね。新たに叙爵された方も確認しなければなりませんし」
爵位を継げない者は跡継ぎのいない家の養子となる者もいるが、術師として功績をあげれば爵位を授かることもあり、そういった叙爵対象者は術師総会によって決められる。
「はい。ありがとうございます。では、僕は何をしましょう?」
「昨年手配したものや予算の確認をお願いします。会場は、各家で贔屓にしている場所があると思いますので」
「そこだけはおさえてあります。昨年と同じですが」
「それでかまいません。むしろ、毎年、会場を変えるほうが変に疑われてしまいますから。パーティーの会場だけは、毎年同じ場所を。だけど料理に変化をつけるようにと……母が言っておりました」
このタイミングで彩音を思い出してしまった。
「なるほど。では僕のほうはそちらを確認しておきます。あ、奥様はほどほどにでお願いします。そうしないと、僕が遼真様から叱られてしまいますから」
「それは大変ですね。では、まずは学校の課題を終わらせてからにしますね」
乃彩が笑みをこぼすと、啓介も目を細めた。



