術師華族の中でも、春那家、日夏(ひなつ)家、北秋(きたあき)家、冬賀家は四大術師公爵家と呼ばれ、術師たちを統率している。
 人が増えれば考えもさまざま。一定の規則を定め、術師たちは鬼の討伐に励む。その規則が及ぶ範囲が術師協会だった。
 今ではほとんどの術師が協会に所属し、所属していない者は自身の力に気づいていない場合が多い。まれに覚醒遺伝により霊力が目覚める者がいるため、無自覚の術師を見つけ、協会に所属するよう導くのも、協会に所属する術師の役割であった。
 協会に属するのは、成人を迎えた術師に限られている。
 春那乃彩は、春那公爵を父に持つ術師だ。父が爵位を継いだのは、先代の春那公爵――乃彩の祖父が亡くなったためで、当時、乃彩は十五歳だった。
 術師華族の爵位は世襲制であり、琳が公爵となるのは自然な流れだった。

「え? 結婚、ですか?」
 乃彩が十六歳になったばかりの五月、連休明けのこと。
 家族四人で温かな料理を囲んでいたとき、琳が「結婚」を話題にした。
 吹き抜けのリビングは解放感に満ち、ガラス張りの窓の向こうには夜景が広がる。小高い場所に建つこの屋敷は、他の建物を見下ろすように佇んでいた。
 夜なのに空がほのかに明るいのは、満月だから。
「そうです。乃彩も知っている通り、術師華族の女性は十六歳から結婚が認められています」
 琳は穏やかな口調で話すが、その内心は読み取れない。
「乃彩も十六歳になったのだから、そろそろ結婚について考えてみてはどうでしょう?」
「それは……」
 琳の言う通り、術師華族の女性は十六歳から結婚が認められている。社会的性差(ジェンダー)の平等が叫ばれる現代でも、術師界隈の考えは古い。その古い慣習により、術師華族の女性のみが十六歳からの結婚を許され、それ以外の者は十八歳からとなる。
 未成年での結婚には親の同意が必要だ。
 これは術師の世継ぎや霊力を継ぐためという観点が影響している。早く結婚し、多くの子を産むことで、術師華族の血を繋ぐ――それが術師協会の考えだ。
 少子化が進む世の中、術師華族もその影響を受けている。術師の子であっても、霊力を持たない子や霊力が弱い子が生まれることもある。
 そうなれば術師華族の存続が危うくなり、鬼が力を増し、人間の世界を飲み込むかもしれない。
 こうした問題や古い風習により、術師華族の女性の結婚は国から特例として認められている。
 乃彩の同級生にも、術師家系の者同士で婚約している者がいる。術師華族は、世の流れから取り残されたかのように、昔の教えを頑なに守る閉鎖的な世界だ。
清和(せいわ)侯爵を知っていますね?」
 乃彩は黙って頷く。清和侯爵家は春那公爵家の分家だ。
「清和侯爵家の当主、貴宏さんが、先日の亡者鎮魂で負傷しました」
 亡者とは、鬼に操られた人の魂のこと。人生を全うした魂は成仏するが、恨みを残した魂は彷徨い続ける。肉体を失った魂は、鬼にとって格好の標的となる。
 鬼は人の魂を使い、人を襲う。それが彼らの常套手段だ。魂も元は人間であるため、術師たちは迂闊に手出しできない。鬼はその点を計算しているのだ。