「そうなんですよ。優秀なんですよ。実技以外は」
 啓介の言葉で遼真は実技の成績にふと目をやる。
「ある意味、見事ですよね。初等部、中等部が1。高等部で2って、これ。補習受けて単位とってますよ」
 初等部、中等部は義務教育の一つとして扱われるから、成績が1であっても卒業はできる。しかし高等部からは、単位を落とせば卒業できない。それの救済処置を受けている。
「一般人と変わらないってことですよね」
「まあ、成績だけ見たらそうなるな」
「ですが、彼女の妹が正反対なんですよ。まぁ、一般教科などは特別目立って優秀というわけでもないのですが、実技が飛び抜けて優れていて……ということで、そちらの成績も一緒に横流ししてもらいましたので、参考までにどうぞ」
 春那家の実情を知るためには、必要な資料だろう。
「わかった、ありがとう」
 遼真が礼を口にすると、啓介は自分で自分の肩を抱きしめた。
「どうした? 寒いのか?」
「いえいえ。そんな素直な遼真様を久しぶりに見ましたよ。気持ちが悪い」
「あのなぁ。俺だって礼くらいは口にするだろ?」
「そうですけど。それが無意識のうちになくなっていたこと、自分では気づいていない?」
「知らん」
 遼真が怒鳴れば、啓介はやれやれと肩をすくめる。
 だが、ここ数ヶ月ほど気持ちがピリピリとしていたのは事実だ。祖父を失い、抑えきれない妖力に焦りを感じていた。それが自然と態度に出ていたのだろう。
「とにかく、あのお嬢様に霊力があるかどうかは疑わしいってことです。遼真様が騙されていなければいいのですが……」
 いつになく啓介が過保護だ。いきなり結婚した挙げ句、その相手が春那公爵家の令嬢とあれば彼のその気持ちもわからないのでもないが。
 そろそろ彼女と結婚した理由を啓介にはきちんと伝えるべきだろう。黙っているつもりもなかったが、いつ言うべきかとタイミングを見計らっていたのだ。
「どうやら彼女は治癒能力が使えるらしい」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声が響く。
「つまり、俺のこの力を浄化できると、そう言っていた」
「いやいやいやいや。それ、嘘でしょ? やっぱり遼真様、騙されたんじゃないですか? だって、成績が2ですよ。2」
「だが、霊力の弱い人間は、俺のこの妖力には気がつかない。それを指摘してきたのは彼女が初めてだ」
「え? 成績2がその妖力に気づいたというんですか? 僕だってわからないのに」
 なぜか啓介が悔しそうに顔をしかめている。
「だからだ。彼女の力は矛盾している。今日は遅いから試してはいないが……明日、彼女の力を見せてもらおうと思っている」
「むしろ、今からでよくないですか? 彼女が嘘をついていたらどうするんです?」
「おまえ、疑り深いな」
「そりゃ、慎重にもなりますよ。相手は春那公爵ですよ? むしろどうして遼真様は彼女をそこまで信用するんです?」
 指摘され、はっとする。どうして彼女の言葉をすんなりと受け入れてしまったのだろうか。
「惚れた弱みですか?」
「惚れたわけじゃない。おまえにはきちんと言っていなかったな。この結婚は契約結婚だ。安心しろ」
「はぁあああああ?」
 また啓介の変な声が響き渡る。
「いいから落ち着け」
「これが落ち着いていられますか? 大奥様のあの嬉しそうな顔……」
「その話もいいから、まずは俺の話を聞け」
 それでも啓介は納得などしていない様子で、顔をしかめながら遼真の話を黙って聞いていた。
 車内で乃彩との話を聞いていたと思っていたのだが、すべてが聞こえていたわけでもないのだろう。啓介に聞こえないよう、小声で話をしていたのもある。
 遼真がある程度の内容を伝えたところで、今度は頭を抱える。
「僕がいない間に、そんな話になっていたとは……」
「むしろおまえがいると話がややこしくなりそうだったからな」
「だからって……。それよりも、奥様……あの年でそんな扱いを……」
 乃彩のことを成績2と呼んでいたくせに、遼真の話を聞き終えた途端、奥様と呼び始める心の変わりよう。
「ですが、家族にしか使えない力というのも、不思議ですね」
「ああ。だから明日、その力を見せてもらおうと思っている」
「そうですね。そのときにはもちろん僕も立ち会わせてください」
「できれば、おまえの父親にも立ち会ってほしい」
 啓介の父親の橘俊介(しゅんすけ)は医療術師だ。昔から日夏公爵家は彼を主治医として抱えている。だから遼真の妖力の件も知っており、何度か妖力を取り除くための解呪を施してくれた。
 しかし普通の妖力とも違うこの妖力を取り除くことは、誰にもできなかった。
 その結果、妖力よりも強い霊力で押さえ込むという方法をとっていたのだ。それを提案したのも俊介だった。