「よし、これで邪魔者はいなくなった。あいつが戻ってくるまでしばらく時間はあるな。その間にいろいろと確認しておきたい。が、その前にそれを食べたいなら食べればいい」
どうやら遼真は、乃彩がちらちらと大福に視線を向けていたことに気づいていたようだ。
乃彩は遠慮なく大福の皿と楊枝を手にした。
「食べながら聞け。とりあえず、今の俺にはおまえが必要だ。まずはこのまま俺はおまえと結婚する」
「はい」
「念のため確認するが、おまえ、年は? 十八歳になったのか?」
「はい」
五月の初めに十八回目の誕生日を迎えた。だけど、両親も莉乃もそんなことはなかったかのようにその日を過ごしていた。彼らにとって、乃彩とはそんな扱いにまで成り下がったのだ。
「悪いが時間がないから、要点だけ話していく」
乃彩の微妙な変化に気づいたのか、遼真はそう取り繕う。
「今日、時間は大丈夫なのか?」
「はい。いつもは学校まで迎えが来るのですが、今日は図書館に寄りたいからと言ってそれを断っています。門限が七時ですので、それまでに帰れば問題にはなりません」
そこで乃彩は手にしていた楊枝を置いた。大福は、まだ半分残っている。
「今は……四時か。すぐに役場に婚姻届を出し、それからおまえの家に行く。いくら成人を迎えたとしても、おまえの両親に挨拶をしないままでは示しがつかないからな」
「はい、ありがとうございます」
遼真の提案通りに行動すれば、早くても今日中にはあの家から解放される。
「だが、おまえは本当にそれでいいのか?」
「と、言いますと?」
「おまえは、俺に力を使うために俺と結婚をするのだろう? 俺にある妖力、それさえなくなれば、おまえの役目は終わりだ」
「はい。それはわかっております」
「つまり、おまえに離婚歴がつく。バツがつくんだぞ? 俺は何も問題ないが、おまえは女だ。今後の結婚にも影響するだろう」
そこで乃彩は自嘲気味に笑う。
「すでにバツはついております」
「どういうことだ?」
「わたくし、すでに三回、結婚しておりますから。日夏公爵様と結婚すれば四回目になります」
「おまえ。十八歳になったばかりだと言っていたよな? それで三回……だが親の承諾が必要だろ? おまえ……もしかして春那公爵に言われて無理矢理結婚したのか? 誰と」
やはり遼真は鋭い。
「……最初の結婚は十六歳になってすぐです。相手は清和侯爵家当主の貴宏様です」
「十六……二年前……清和侯爵。なるほどな。そのあとは?」
「二回目は十七歳になってからですが、茶月男爵と。彼の妹さんが出産時に霊力を奪われまして」
「だから先ほど姻族も三親等以内だと即答できたんだな。それで三回目は?」
「はい。春休みに別れましたが、雪月子爵と……」
そこまで聞いた遼真は渋面を作っていた。
「念のために確認するが、それによって春那公爵は金銭を要求していたか?」
「どうしてそれを?」
まさか父親の悪行が他にまで知られているのだろうか。
「いや。ただの勘だ。だが、今の話を聞いて一つだけわかった」
「なんでしょう?」
「おまえの両親はクズだ。だが、俺もこれからおまえのその力を利用する。だから俺も同じ穴の狢……すなわちクズだ」
いいえ、と乃彩は首を横に振る。
「この結婚はわたくしが望んだことです。このまま春那の家にいては、この力を利用するために望まぬ結婚を繰り返すばかり。そうなる前にわたくしはあの家から逃げたかった。そのためにわたくしは日夏公爵様を利用します。ですから日夏公爵様は決してクズではございません」
乃彩は目の前の遼真の顔を力強く見つめる。遼真は眉間に力を込めて見つめ返してくる。
そこですぐに口元をゆるめたのは遼真だった。
「わかった。おまえ、面白いな。俺はおまえを利用するから、おまえも好きなだけ俺を利用しろ。この結婚は互いの意思による契約結婚だ。お互いの目的が達成されたところで離婚する。それでどうだ?」
「ありがとうございます」
ほっと一息ついた乃彩は、残りの大福を手にした。
すっかりと大福を食べ終えたところで、啓介が戻ってきた。
「よし、春那乃彩。結婚するぞ」
「えぇ~遼真様、本気なんですか? どこでそんな話になったんですか?」
「乃彩。紹介が遅れたが、これは橘啓介。俺の秘書のようなものだ。いや、雑用係でいい。何か困ったことがあれば、まずは啓介に言え」
「ちょっと、なんでこんな土壇場で紹介が始まるんですか。そして僕の扱い方が雑です。あ、紹介が遅れました。橘啓介と申します。この屋敷では使用人をまとめている立場にあります」
遼真に対する口調と、乃彩に対する態度ではがらりと変えてきた。機転が利くというか、面白いというか。
それだけ互いに信頼しあっているのだろう。乃彩にはそういった相手がいないから、うらやましい関係にも見える。
どうやら遼真は、乃彩がちらちらと大福に視線を向けていたことに気づいていたようだ。
乃彩は遠慮なく大福の皿と楊枝を手にした。
「食べながら聞け。とりあえず、今の俺にはおまえが必要だ。まずはこのまま俺はおまえと結婚する」
「はい」
「念のため確認するが、おまえ、年は? 十八歳になったのか?」
「はい」
五月の初めに十八回目の誕生日を迎えた。だけど、両親も莉乃もそんなことはなかったかのようにその日を過ごしていた。彼らにとって、乃彩とはそんな扱いにまで成り下がったのだ。
「悪いが時間がないから、要点だけ話していく」
乃彩の微妙な変化に気づいたのか、遼真はそう取り繕う。
「今日、時間は大丈夫なのか?」
「はい。いつもは学校まで迎えが来るのですが、今日は図書館に寄りたいからと言ってそれを断っています。門限が七時ですので、それまでに帰れば問題にはなりません」
そこで乃彩は手にしていた楊枝を置いた。大福は、まだ半分残っている。
「今は……四時か。すぐに役場に婚姻届を出し、それからおまえの家に行く。いくら成人を迎えたとしても、おまえの両親に挨拶をしないままでは示しがつかないからな」
「はい、ありがとうございます」
遼真の提案通りに行動すれば、早くても今日中にはあの家から解放される。
「だが、おまえは本当にそれでいいのか?」
「と、言いますと?」
「おまえは、俺に力を使うために俺と結婚をするのだろう? 俺にある妖力、それさえなくなれば、おまえの役目は終わりだ」
「はい。それはわかっております」
「つまり、おまえに離婚歴がつく。バツがつくんだぞ? 俺は何も問題ないが、おまえは女だ。今後の結婚にも影響するだろう」
そこで乃彩は自嘲気味に笑う。
「すでにバツはついております」
「どういうことだ?」
「わたくし、すでに三回、結婚しておりますから。日夏公爵様と結婚すれば四回目になります」
「おまえ。十八歳になったばかりだと言っていたよな? それで三回……だが親の承諾が必要だろ? おまえ……もしかして春那公爵に言われて無理矢理結婚したのか? 誰と」
やはり遼真は鋭い。
「……最初の結婚は十六歳になってすぐです。相手は清和侯爵家当主の貴宏様です」
「十六……二年前……清和侯爵。なるほどな。そのあとは?」
「二回目は十七歳になってからですが、茶月男爵と。彼の妹さんが出産時に霊力を奪われまして」
「だから先ほど姻族も三親等以内だと即答できたんだな。それで三回目は?」
「はい。春休みに別れましたが、雪月子爵と……」
そこまで聞いた遼真は渋面を作っていた。
「念のために確認するが、それによって春那公爵は金銭を要求していたか?」
「どうしてそれを?」
まさか父親の悪行が他にまで知られているのだろうか。
「いや。ただの勘だ。だが、今の話を聞いて一つだけわかった」
「なんでしょう?」
「おまえの両親はクズだ。だが、俺もこれからおまえのその力を利用する。だから俺も同じ穴の狢……すなわちクズだ」
いいえ、と乃彩は首を横に振る。
「この結婚はわたくしが望んだことです。このまま春那の家にいては、この力を利用するために望まぬ結婚を繰り返すばかり。そうなる前にわたくしはあの家から逃げたかった。そのためにわたくしは日夏公爵様を利用します。ですから日夏公爵様は決してクズではございません」
乃彩は目の前の遼真の顔を力強く見つめる。遼真は眉間に力を込めて見つめ返してくる。
そこですぐに口元をゆるめたのは遼真だった。
「わかった。おまえ、面白いな。俺はおまえを利用するから、おまえも好きなだけ俺を利用しろ。この結婚は互いの意思による契約結婚だ。お互いの目的が達成されたところで離婚する。それでどうだ?」
「ありがとうございます」
ほっと一息ついた乃彩は、残りの大福を手にした。
すっかりと大福を食べ終えたところで、啓介が戻ってきた。
「よし、春那乃彩。結婚するぞ」
「えぇ~遼真様、本気なんですか? どこでそんな話になったんですか?」
「乃彩。紹介が遅れたが、これは橘啓介。俺の秘書のようなものだ。いや、雑用係でいい。何か困ったことがあれば、まずは啓介に言え」
「ちょっと、なんでこんな土壇場で紹介が始まるんですか。そして僕の扱い方が雑です。あ、紹介が遅れました。橘啓介と申します。この屋敷では使用人をまとめている立場にあります」
遼真に対する口調と、乃彩に対する態度ではがらりと変えてきた。機転が利くというか、面白いというか。
それだけ互いに信頼しあっているのだろう。乃彩にはそういった相手がいないから、うらやましい関係にも見える。



