近頃の春那公爵家はよい噂を聞かない。表には出せない事業に手を出しており、羽振りがよいとか。なにやら汚い金に手を出している、そういった噂だ。だが、それの確信をつこうとすればのらりくらりと交わされてしまう。
遼真が春那公爵を狸爺呼ばわりしたのは、そういった理由もある。
「あの、日夏公爵様」
乃彩が遠慮がちに声をかけてきた。
「なんだ」
「この呪いは、放っておけば公爵様の霊力を飲み込んでしまいます」
「そうだろうな」
「ご存知だったのですか?」
「ああ、生まれたときからの付き合いだ」
乃彩は驚かず、冷静に呟く。
「二十年以上も……」
遼真の手を触れたまま、彼女は考え込む。
「つまり、誰かがこの妖力を浄化しているのですね?」
その推測の速さに、遼真は彼女の術師としての能力の高さを感じた。
「そうなるな」
「でしたら、すぐにその方に依頼してください」
「無理だ」
乃彩が目を大きく開く。表情は控えめだが、感情が顔に表れていた。
「無理? でも、このままでは公爵様が――」
「亡くなったんだ」
遼真は彼女の言葉を遮った。
「俺の妖力を抑えていたのは祖父だ。一年半前に死んだ」
「そうなのですね」と呟いた乃彩は、再び遼真の手をふにふにと揉む。
「他にそんな術師はいませんか?」
「祖父以外、知らない。それに、日夏公爵が妖力に侵されていると知られれば体裁が悪い」
若い遼真が公爵位に就いたことを快く思わない術師は多い。こんな弱みが知られれば、格好の口実として騒ぎ立て、公爵位を遠縁の者に奪われるかもしれない。
他の術師は遼真の妖力に気づいていない。それだけこの妖力が複雑で、内側からじわじわ侵食するのだ。すれ違っただけで妖力を看破した乃彩は、並外れた術師だ。
しかし、春那公爵は娘について何も語っていなかった。年頃の娘を持つ親なら、結婚相手を必死に探すはず。
乃彩ほどの力を持つ娘なら、他の公爵家から嫁に望まれるだろう。いや、長子である彼女の夫は、次期春那公爵になる可能性が高い。
「日夏公爵様。差し出がましいかもしれませんが、この妖力の浄化をわたくしに任せていただけませんか?」
切れ長の目を大きく見開き、真剣に遼真を見つめる。
「できるのか?」
「はい。ただし、一つ条件があります」
「なるほど。助ける代わりに金か? さすが狸爺の娘だな。いくらだ?」
乃彩は首を振る。
「お金ではありません。私の力は『家族』にしか使えないのです。ですから、わたくしと結婚していただけませんか?」
キキーッと車が急停止する。
「おい、啓介。何やってる。危ないだろ?」
「申し訳ありません。信号が赤になっていたのを見過ごしました」
「ったく、事故るなよ。大丈夫か?」
隣の乃彩を見ると、彼女は「はい」と頬をわずかに赤らめて答えた。
「悪いが、話の続きは屋敷に戻ってからだ。こいつが盗み聞きして、変に事故られても困る」
運転席の啓介は、遼真の声を聞いてか、小さく肩をすくめた。
遼真が春那公爵を狸爺呼ばわりしたのは、そういった理由もある。
「あの、日夏公爵様」
乃彩が遠慮がちに声をかけてきた。
「なんだ」
「この呪いは、放っておけば公爵様の霊力を飲み込んでしまいます」
「そうだろうな」
「ご存知だったのですか?」
「ああ、生まれたときからの付き合いだ」
乃彩は驚かず、冷静に呟く。
「二十年以上も……」
遼真の手を触れたまま、彼女は考え込む。
「つまり、誰かがこの妖力を浄化しているのですね?」
その推測の速さに、遼真は彼女の術師としての能力の高さを感じた。
「そうなるな」
「でしたら、すぐにその方に依頼してください」
「無理だ」
乃彩が目を大きく開く。表情は控えめだが、感情が顔に表れていた。
「無理? でも、このままでは公爵様が――」
「亡くなったんだ」
遼真は彼女の言葉を遮った。
「俺の妖力を抑えていたのは祖父だ。一年半前に死んだ」
「そうなのですね」と呟いた乃彩は、再び遼真の手をふにふにと揉む。
「他にそんな術師はいませんか?」
「祖父以外、知らない。それに、日夏公爵が妖力に侵されていると知られれば体裁が悪い」
若い遼真が公爵位に就いたことを快く思わない術師は多い。こんな弱みが知られれば、格好の口実として騒ぎ立て、公爵位を遠縁の者に奪われるかもしれない。
他の術師は遼真の妖力に気づいていない。それだけこの妖力が複雑で、内側からじわじわ侵食するのだ。すれ違っただけで妖力を看破した乃彩は、並外れた術師だ。
しかし、春那公爵は娘について何も語っていなかった。年頃の娘を持つ親なら、結婚相手を必死に探すはず。
乃彩ほどの力を持つ娘なら、他の公爵家から嫁に望まれるだろう。いや、長子である彼女の夫は、次期春那公爵になる可能性が高い。
「日夏公爵様。差し出がましいかもしれませんが、この妖力の浄化をわたくしに任せていただけませんか?」
切れ長の目を大きく見開き、真剣に遼真を見つめる。
「できるのか?」
「はい。ただし、一つ条件があります」
「なるほど。助ける代わりに金か? さすが狸爺の娘だな。いくらだ?」
乃彩は首を振る。
「お金ではありません。私の力は『家族』にしか使えないのです。ですから、わたくしと結婚していただけませんか?」
キキーッと車が急停止する。
「おい、啓介。何やってる。危ないだろ?」
「申し訳ありません。信号が赤になっていたのを見過ごしました」
「ったく、事故るなよ。大丈夫か?」
隣の乃彩を見ると、彼女は「はい」と頬をわずかに赤らめて答えた。
「悪いが、話の続きは屋敷に戻ってからだ。こいつが盗み聞きして、変に事故られても困る」
運転席の啓介は、遼真の声を聞いてか、小さく肩をすくめた。



