チャイムが鳴り、教師が教室にやってきた。
授業の合間は平穏な時間が過ぎていく。問題はそれとそれの間の時間。もしくは、学校が終わってからだろう。
「の~あちゃん、俺と遊ぼ?」
昇降口でそう声をかけてきたのは、冬賀公爵分家筋の男であり、クラスメートでもある男。
「のあちゃんさ。卒業したらどうするの? 結婚しないの? 婚約者もいないって聞いてるんだけど。俺なんかどう?」
術師としては下の上といったところだろう。たしか、彼の父親の爵位は子爵だったはず。
となれば乃彩の両親が許すはずがない。両親は乃彩を冷たくあしらいながらも、金の成る木だと思っている。だからあの二人は、乃彩を手放すわけがない。
「わたくしを誰だと思っているのかしら? あなたのような霊力の乏しい術師が、軽々しく声をかけていいとでも? あまりにもおいたが過ぎるようなら、冬賀公爵家に抗議をいれますけれど、いかがいたしましょう?」
クラスメートらからはどうせ煙たがられているのだ。
大した実力もない頭でっかちの上に、春那公爵家という後ろ盾。それがなかったらとっくに退学になっているだろうし、もっとあからさまないじめを受けていただろう。だけど、公爵家に睨まれれば、術師界隈では身を縮めて生きていかねばならない。
金の成る木の乃彩がいじめられでもしたら、琳は穏やかな笑みを浮かべながらも、相手の家に乗り込むのは目に見えている。
「ちっ。調子に乗るなよ、娼婦」
その言葉で乃彩が傷つくと思っているのだろうか。
「調子に乗っているのはどちらかしら? 茉依に何を吹き込まれたか知らないけど、能なしと呼ぶくせに、困った時だけわたくしを利用したのは茉依よ」
「は? 茉依の婚約者を助けたのは莉乃様だと聞いてるぜ。妹の手柄まで奪うのか、能なし」
乃彩は目を細め、男を見据える。
治癒能力すら莉乃の手柄にされているとは思わなかった。
徹の治癒時、茉依は少し離れた場所から乃彩の能力を観察していたはずだ。
だが、茉依は乃彩に救われた事実を認めたくないのだろう。乃彩を悪役に仕立て、莉乃に助けられたと言いふらすことで憎悪を昇華している。
学園での莉乃と乃彩の立場は、それほどまでに違う。
「そう。あなたは見てもいないのにそんな話を信じるのね。なら、これだけ覚えておいて」
乃彩は鋭い視線を男にぶつける。
「あなたが同じ目に遭っても、わたくしの能力は絶対に使わない。まあ、能なしの力なんて要らないわよね。失礼」
靴を履き替え、爪先をトンと鳴らし、乃彩は歩き出す。
他人に弱みを見せるなと両親に言われ、その言葉は今も胸でくすぶっている。
気が滅入る時も、無理やり笑顔を作ってやり過ごす。
いつもの場所に迎えの車が来ていたが、今日は断った。一人で歩いて帰りたかった。
運転手はぶつぶつ文句を言ったが、乃彩が「歩いて帰ります」と頑なに譲らなかったため、渋々納得した。おそらく莉乃を待つのだろう。
車内で莉乃に何か言われるのも煩わしかった。茉依と徹の件以来、乃彩の噂は他の学年にも広まっている。
――お姉ちゃんのせいで、恥をかいた。
莉乃は幾度もそう言っていた。
授業の合間は平穏な時間が過ぎていく。問題はそれとそれの間の時間。もしくは、学校が終わってからだろう。
「の~あちゃん、俺と遊ぼ?」
昇降口でそう声をかけてきたのは、冬賀公爵分家筋の男であり、クラスメートでもある男。
「のあちゃんさ。卒業したらどうするの? 結婚しないの? 婚約者もいないって聞いてるんだけど。俺なんかどう?」
術師としては下の上といったところだろう。たしか、彼の父親の爵位は子爵だったはず。
となれば乃彩の両親が許すはずがない。両親は乃彩を冷たくあしらいながらも、金の成る木だと思っている。だからあの二人は、乃彩を手放すわけがない。
「わたくしを誰だと思っているのかしら? あなたのような霊力の乏しい術師が、軽々しく声をかけていいとでも? あまりにもおいたが過ぎるようなら、冬賀公爵家に抗議をいれますけれど、いかがいたしましょう?」
クラスメートらからはどうせ煙たがられているのだ。
大した実力もない頭でっかちの上に、春那公爵家という後ろ盾。それがなかったらとっくに退学になっているだろうし、もっとあからさまないじめを受けていただろう。だけど、公爵家に睨まれれば、術師界隈では身を縮めて生きていかねばならない。
金の成る木の乃彩がいじめられでもしたら、琳は穏やかな笑みを浮かべながらも、相手の家に乗り込むのは目に見えている。
「ちっ。調子に乗るなよ、娼婦」
その言葉で乃彩が傷つくと思っているのだろうか。
「調子に乗っているのはどちらかしら? 茉依に何を吹き込まれたか知らないけど、能なしと呼ぶくせに、困った時だけわたくしを利用したのは茉依よ」
「は? 茉依の婚約者を助けたのは莉乃様だと聞いてるぜ。妹の手柄まで奪うのか、能なし」
乃彩は目を細め、男を見据える。
治癒能力すら莉乃の手柄にされているとは思わなかった。
徹の治癒時、茉依は少し離れた場所から乃彩の能力を観察していたはずだ。
だが、茉依は乃彩に救われた事実を認めたくないのだろう。乃彩を悪役に仕立て、莉乃に助けられたと言いふらすことで憎悪を昇華している。
学園での莉乃と乃彩の立場は、それほどまでに違う。
「そう。あなたは見てもいないのにそんな話を信じるのね。なら、これだけ覚えておいて」
乃彩は鋭い視線を男にぶつける。
「あなたが同じ目に遭っても、わたくしの能力は絶対に使わない。まあ、能なしの力なんて要らないわよね。失礼」
靴を履き替え、爪先をトンと鳴らし、乃彩は歩き出す。
他人に弱みを見せるなと両親に言われ、その言葉は今も胸でくすぶっている。
気が滅入る時も、無理やり笑顔を作ってやり過ごす。
いつもの場所に迎えの車が来ていたが、今日は断った。一人で歩いて帰りたかった。
運転手はぶつぶつ文句を言ったが、乃彩が「歩いて帰ります」と頑なに譲らなかったため、渋々納得した。おそらく莉乃を待つのだろう。
車内で莉乃に何か言われるのも煩わしかった。茉依と徹の件以来、乃彩の噂は他の学年にも広まっている。
――お姉ちゃんのせいで、恥をかいた。
莉乃は幾度もそう言っていた。



