高等部三年になると、教室はピリピリとした緊張感に包まれる。
卒業後の進路が影響するからだ。女子生徒の半数は結婚を選ぶが、宝暦学園の大学部や他の大学、専門学校への進学、就職を望む者もいる。
進路が決まっていない生徒も多く、一、二年時ののんびりした空気とは異なる。
だが、乃彩が感じるのは、針のように鋭い視線だ。
春休みが明け、三年教室で学び始めてから感じるようになった。好奇や蔑み、侮蔑を孕む視線。その主は茉依だ。彼女はあの時のことを恨んでいる。
乃彩の力を使うには、対象と「家族」にならなければならない。清和侯爵も茶月男爵の妹の香織もそうやって救った。
雪月徹を助けるため、乃彩は彼と結婚した。それが「家族」になる手っ取り早い方法である。
しかし茉依が怒っているのは、乃彩と徹の結婚そのものではない。徹の気持ちは茉依に向いており、乃彩も横恋慕などしていない。茉依も徹の命を救うため、同意の上で結婚を認めた。
彼女が腹を立てているのは、春那家が要求した多額の報酬。
乃彩は知らなかった。力を発動した後、琳が大金を受け取っていたことを。
香織の夫との交流は今も続くが、彼は金銭の話を一切口にしない。大人だから命が救われたことを優先しているのかもしれない。
だが茉依は違う。徹が助かったのに、春那家を憎むような視線を向けてくる。
報酬を払うため、親や親戚に泣きついたという話も耳に入った。
考えてみれば、病院で診察を受けるだけでも金がかかる。治療や薬でさらに費用が生じる。
徹の命を救った乃彩が報酬を受け取るのはおかしくない。茉依は無料で命を救えると思っていたのだろうか。
治癒能力を使えば、乃彩の霊力は消耗する。使いすぎれば疲労し、寝込むこともある。最悪、霊力が枯渇すれば回復できず死に至る。
自分の命を削って他人の命を救うなど、馬鹿らしい。
それでもそんな思いは茉依に言えない。彼女の憎悪をさらに燃え上がらせるだけ。
乃彩が我慢すれば、すべて丸く収まる。
「見た目と違って、遊んでるらしいね……」
「男好きそうな身体だろ?」
「俺らも遊んでほしいな」
クラスメートの言葉が変わったのは、徹との離婚後だ。
乃彩の能力が「家族」にしか使えないことは、口外してはいけない。琳は助けを求める者に「そうしなければ命は助からない」と濁して伝えていた。
茉依に治癒能力を知られたのは失敗だった。
徹を救うことに必死だった茉依は、乃彩の能力に驚きつつも納得していた。だが、徹が回復し、報酬の負担が明らかになると、手のひらを返し、乃彩の悪口を広めた。
男好きだ、遊んでいると、下品な噂を。
それでも、乃彩はあと一年我慢すれば彼らと離れられる。だから何を言われても気にしない。
だから何も感じないよう、心に鎧をまとうのだ。
卒業後の進路が影響するからだ。女子生徒の半数は結婚を選ぶが、宝暦学園の大学部や他の大学、専門学校への進学、就職を望む者もいる。
進路が決まっていない生徒も多く、一、二年時ののんびりした空気とは異なる。
だが、乃彩が感じるのは、針のように鋭い視線だ。
春休みが明け、三年教室で学び始めてから感じるようになった。好奇や蔑み、侮蔑を孕む視線。その主は茉依だ。彼女はあの時のことを恨んでいる。
乃彩の力を使うには、対象と「家族」にならなければならない。清和侯爵も茶月男爵の妹の香織もそうやって救った。
雪月徹を助けるため、乃彩は彼と結婚した。それが「家族」になる手っ取り早い方法である。
しかし茉依が怒っているのは、乃彩と徹の結婚そのものではない。徹の気持ちは茉依に向いており、乃彩も横恋慕などしていない。茉依も徹の命を救うため、同意の上で結婚を認めた。
彼女が腹を立てているのは、春那家が要求した多額の報酬。
乃彩は知らなかった。力を発動した後、琳が大金を受け取っていたことを。
香織の夫との交流は今も続くが、彼は金銭の話を一切口にしない。大人だから命が救われたことを優先しているのかもしれない。
だが茉依は違う。徹が助かったのに、春那家を憎むような視線を向けてくる。
報酬を払うため、親や親戚に泣きついたという話も耳に入った。
考えてみれば、病院で診察を受けるだけでも金がかかる。治療や薬でさらに費用が生じる。
徹の命を救った乃彩が報酬を受け取るのはおかしくない。茉依は無料で命を救えると思っていたのだろうか。
治癒能力を使えば、乃彩の霊力は消耗する。使いすぎれば疲労し、寝込むこともある。最悪、霊力が枯渇すれば回復できず死に至る。
自分の命を削って他人の命を救うなど、馬鹿らしい。
それでもそんな思いは茉依に言えない。彼女の憎悪をさらに燃え上がらせるだけ。
乃彩が我慢すれば、すべて丸く収まる。
「見た目と違って、遊んでるらしいね……」
「男好きそうな身体だろ?」
「俺らも遊んでほしいな」
クラスメートの言葉が変わったのは、徹との離婚後だ。
乃彩の能力が「家族」にしか使えないことは、口外してはいけない。琳は助けを求める者に「そうしなければ命は助からない」と濁して伝えていた。
茉依に治癒能力を知られたのは失敗だった。
徹を救うことに必死だった茉依は、乃彩の能力に驚きつつも納得していた。だが、徹が回復し、報酬の負担が明らかになると、手のひらを返し、乃彩の悪口を広めた。
男好きだ、遊んでいると、下品な噂を。
それでも、乃彩はあと一年我慢すれば彼らと離れられる。だから何を言われても気にしない。
だから何も感じないよう、心に鎧をまとうのだ。



