「純君には、これからもっと八重山を好きになって欲しい。三線ももっと上手に弾けるようになって欲しいな。そして、いつか純君が作った歌を他の人にも聴かせてあげて」
 奈々さんの願いが僕の胸に突き刺さった。しかし、僕には奈々さんの願いに応えられる自信がまるでなかった。
「そんな、僕には無理ですよ」
「そんなことはないわ。君には絶対に才能がある。私には分かるわ。君の未来はこれからなのよ。その気になれば何だってできるわ」
 奈々さんはまっすぐに僕の目を見つめていた。その目が早く受け取れと言っていた。僕は両手で奈々さんの三線を受け取った。
「でも、こんな別れ方ってひどすぎますよ」
 奈々さんの表情が少し険しくなった。
「甘えていいって言ったけど、それは昨日までよ」
「でも」
 僕が未練がましい言葉を吐くと奈々さんの表情が更に険しくなった。
「山崎様、この度はのむら荘をご利用いただき、どうもありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」
 わざと業務的に戻した口調から、もう何も言うなという奈々さんの思いが痛いほど伝わってきた。
「これ、大切にします」
 僕が少しだけ三線のケースを持ち上げて見せると奈々さんは寂しそうに笑った。

 その後、奈々さんは荒っぽくハッチを閉めた。運転席に乗り込むと乱暴に車をバックさせ、急発進して駐車場の出口に向かった。タイヤが軋むほどの急カーブで左折すると、あっという間に奈々さんの車は視界から消えた。