「純君が、寂しそうな目をしていたから。船から降りてきた時から純君は寂しそうな目をしていた」
 一度言葉を切ってから奈々さんはまた話し始めた。
「私の弟もね、同じような目をしていたの。気づいていたのに、私は弟を助けられなかった。助けられて当然の立場にいたのにね。だから、なんとなく純君のことを放っておけなかったの」
 奈々さんは、もう生まれ変わらなければ弟さんに会えないのだと僕は悟った。そして、生まれ変わっても弟さんに合わせる顔がないと思っているだろうことも。だから、奈々さんは猫になりたかったのだ。多くの人が共感できるラブストーリーの歌詞の中に、奈々さんは自分にしか分からない悲しみを忍ばせていたのだと、僕はようやく気づいた。
 その後すぐに車は港に着いてしまった。

 奈々さんは車を桟橋のすぐ近くに止めると後部のハッチを開けた。僕も車から降りて後ろに回った。
「じゃあ、元気でね」
 奈々さんが僕のリュックを取り出した。僕はそれを背中に担いだ。とうとう別れの時が来てしまった。しかし、もちろん、僕はそれきりで終わらせるつもりなどなかった。
「奈々さん、携帯の番号教えてくれませんか?」
 僕の言葉に答えた奈々さんの声は小さかった。
「教えない」
 奈々さんは少し悲しそうな顔をしたように見えた。
「どうして教えてくれないんですか?」