予期せぬ事件はその少し後に起こった。周回道路を横切り、まだ営業していた食堂の入り口に差し掛かった時だった。僕の右側を歩いていた奈々さんが何かにつまづいて転びそうになった。とっさに、僕は左腕で奈々さんを抱きとめた。
「ありがとう」
そう言った奈々さんの顔が僕の顔の間近にあった。僕は不意に奈々さんにキスしたいという気持ちに襲われた。もし、あと十秒その状態が続いていたら僕は奈々さんにキスをしていただろう。しかし思わぬ事態によりそれは解消した。
一人の男が食堂から出てきたのだ。年は三十くらいだろうか。坊主頭でがっしりとした体格をしていた。如何にも島の男という印象だった。男は僕たちに気づくと声を荒げた。
「なんだ、お前、島中の男をコケにしておいて、そんなガキといちゃついてるとは一体どういうつもりだ?」