「ここに、こんなに綺麗な海があること、あまり知られていないのよ」
 奈々さんの言葉を聞いて横を向くと、奈々さんは遠くを見つめていた。
「そうですか、なんかもったいないですね」
「うん、でも、その方が良いと思うのよね。ほら、だってこんな綺麗な景色を独占できるって素敵だと思わない?」
「そうですね。僕もそう思います」
 本音だった。穢れたものなど何一つないその場所に、僕はいつまでも二人きりでいたいと思っていた。しかし、それは叶わぬ夢だと知らされた。
「でもね、ここには長くはいられないのよ。もうすぐ、ここは海の底に沈んでしまうの。あと少しで干潮だから、その前に少し余裕を持って戻らないといけないの。服が濡れるぐらいで済めば良いけど、下手すると他所の国まで流されてしまうかもしれないわ」
「そうですか、残念ですね」
 言葉通り残念極まりなかった。そして、その後の奈々さんの言葉は更に切なかった。
「ほとんどの人が知らなくて、わずかな時間しか姿を現さない。ここって少し不思議の国みたいでしょ。でも、美しいものだけがある世界にはいつまでもいられない。いつかは現実に帰らなければならない。ちょっと寂しいよね」
 ちょっとではなかった。僕は次の日には、美しい島に、そして奈々さんに別れを告げなければならなかった。
「じゃあ、戻ろうか」
 奈々さんが波打ち際を右手に歩き始めた。僕はその背中を追った。砂の大陸を大回りして僕たちはコンドイ浜に戻った。

 自転車に乗り浜を去る前に、僕はもう一度沖に目をやった。僕たち二人だけの美しい世界はもうすぐ海の底に沈んでしまうのかと思ったら、たまらなく寂しくなった。
 夏のような日差しを投げかけていた太陽も、そろそろ西に傾き始めていた。