「どう、こうやって綺麗な海を見ながら歌うと気分が良いでしょう」
「そうですね。嫌なことなんか、みんな忘れちゃいますね」
「そうでしょ」
 奈々さんは嬉しそうに次の曲のイントロに入った。僕も良く知っているバンドの歌だった。

 その後、奈々さんは次々と色々な曲を弾いていった。一緒に歌えるものもあったが、僕には歌詞の意味がまるで分からない沖縄の民謡もあった。僕が歌える、歌えないは、大きな問題ではなかった。珊瑚礁の美しい海を前にして、奈々さんの三線に耳を傾けているだけで心が静かになった。これは本当に現実の出来事なのだろうか?もしかして、狐か狸にばかされているだけで、気が付いたら、あのおぞましい教室にいるのではないか。そんなことさえ考えたりもした。でも、奈々さんは確かに隣にいた。

 更にしばらく歌い続けた後、奈々さんは手を止めた。
「ちょっと歌い疲れたから一休みするね」