望郷の歌が終わると、次のリクエストをしたのは理恵子さんだった。
「奈々ちゃん、次は徳之島の闘牛の曲を聞かせてくれないかしら?」
「ああ、あの速弾きの曲か」
博孝さんが感慨深げに言った。
「純君、これは中々見ものだよ」
日野さんの言葉に期待が膨らんだ。
「じゃあ、やらせてもらいます」
奈々さんは三線を構えて演奏に入った。その途端に僕の体に電流が走った。僕は一度も見たことのない闘牛の様子が見えたような気がした。奈々さんの演奏の迫力は牛同士がぶつかり合う戦いの激しさそのものだった。奈々さんの左手は三線の竿の上をものすごい速さで上下し、指は軽やかに踊っていた。右の人差し指についたバチは左手の動きに一瞬たりとも遅れることなく糸を弾き続けていた。
ギターの経験のある自分には、奈々さんの演奏のすごさが身にしみて分かっていた。僕は更に強く奈々さんに魅かれていった。
「じゃあ、最後はカチャーシーを踊って締めます」
オジイがユンタクの終わりを告げた。僕はそれが残念でならなかった。もっともっと奈々さんの歌声と三線を聴いていたかったからだ。
僕が気後れしているように見えたのか、オジイがカチャーシーの踊り方を教えてくれた。
「純君は初めてだったね。まあ、簡単だよ。こんな風に、男は両手をグーにして、それを頭の上で左右に向けて体を揺らすだけだから、じゃあ、みんな立って」
山田さんご夫妻と日野さんが立ち上がり、やや遅れて僕も続いた。奈々さんがにぎやかな曲を弾き始め、歌がそれに続いた。山田さんご夫妻と日野さんは上手に踊っていた。僕はなんとかそれを真似しようとしたが、あまり上手くいかなかった。ただ、それでも楽しかった。
その時、僕は東京のことなど何も考えていなかった。
その晩は久しぶりに良く眠れた。