次の日の朝。
 太陽の匂いが心地よかった。
 
「菜穂、今日自転車持ってきたの?」

 学校へ行くのに珍しく自分の自転車を持ってきた私を見て、樹は驚いていた。

「もうすぐ二人乗り禁止になるし、いつまでも樹に甘えてられないから」

「唐突だな」

 樹は目をぱちぱちさせていた。

「唐突だね」

 私が笑うと樹は何かを考えたようだったが、すぐに笑って

「行くか」

と自分の自転車を学校の進行方向に向けて進みだす。

「うん」

 久々の自転車を私もゆっくりと漕ぎ出した。
 ーーその、三十分後。

「ぬぉぉ……!」

「凄い声出てるぞ」

 坂道を上りきった先、平然とした様子の樹を見て私は情けない気持ちになる。
 今の私は気合いを入れるように声を出さなければ坂道を上れなかった。

「樹は毎日自転車の後ろに私を乗せて大変だったんだね」

「実感した?」

「実感したし、大いに感謝した」

 ハンドルから起き上がり私が頷くと、樹は笑っていた。

「学校までもう少しだから、頑張れ」

「うん」

 疲れたまま私は樹の言葉に頷き、また自転車を漕ぐ。
 樹の背中が見える。 
 その時、いつも乗せてもらっている自転車の後ろが見えた。

「あ、青山だ」

 樹がそう言った時に私ははっとして自転車のブレーキをかける。ぼーっとしていて前を見ていなかったことに内心ドキドキしたが、すぐに気持ちを持ち直した。自転車は前にいた青山に追いつく。

「青山、おはよう」

 樹が声をかけると、青山は振り向いて軽く手を上げて

「よぉ、おはよう」

と笑顔を浮かべたが

「え!?」

とすぐに表情が曇った。

「おはよう、青山」

 私も樹と同様に声をかける。

「……おう」

「どうしたの?」

 明らかに挙動不審な青山を見ていると、青山はいきなり私に向かって人差し指をつきつけた。

「菜穂ちゃん、自転車どうしたの!?」

「……家から乗ってきたんだけど?」

「何で自分の自転車に乗ってるの?」

「え?」

「樹と喧嘩したの?」

 不安そうな青山の言葉を聞き

「何故そうなるの?」

 呆れていると、青山はきょとんとした。

「へ? だっていつも二人乗りして登校するし、違うの?」

「喧嘩してないし。もうすぐ自転車の二人乗り禁止になるって聞いたからさ、私も自分で学校通えるようにしようと思って」

 私の言葉を聞くと、青山は息を吐いた。

「なんだ」

「なんだ、ってこっちが驚くよ、青山」

「そうだよな、ごめん」

 青山は笑っていた。

「あー、なら俺ラッキーかも」

 青山は樹の自転車のかごにひょいと自分の鞄を入れ、躊躇なく樹の自転車の後ろに乗った。

「おい」

 樹が眉を寄せて振り返り、青山を見る。

「駅から学校までの道って三十分くらいあるし、歩くのしんどいんだよね」

「で?」

「乗せてくれ!」

「えー……」

「お願いします、樹! ほら今日はここ空いてるし!」

「空いてるけどさ……」

「じゃあいいよな!」

 青山が笑うと樹はため息をついたが、すぐに笑って

「しょうがないな、今日だけな」

と言って前を向き自転車を漕ぎ出す。青山は満面の笑みを浮かべ

「やった、俺はついてるー!」

と子どもみたいに喜んだ。
 樹の自転車の後ろについて、私は自分の自転車を漕ぐ。

「楽だなー」

 樹の自転車の後ろに乗る青山の背中を見ていると、表情は見えないものの、何だか幸せそうに見えた。

「俺は重いんだけど」

「菜穂ちゃんと重さ変わらないでしょ?」

「うーん。青山は細いけど体格も背も菜穂より大きくて違うし、それは無理があるな」

「だめかー」

 青山は笑う。二人の何でもない会話に、私もつられて笑ってしまった。