学校の門をくぐって自転車置き場に着き、私は自転車を降りた。樹が自転車を止めて、鍵をかけていると
「おはよう」
と嬉しそうに挨拶する林原先生に、樹と同時に私は挨拶をした。
「おはようございます」
「おはようございます」
「二村、職員室にきてくれ!」
「……はい」
理由が分からないまま、樹は返事をしていた。
「ごめん菜穂、先行ってて」
「うん」
樹は林原先生と歩き出した。私はその背中を見つめ、焦った。さっきは本当に危なかった。
……気づかれないうちに、早く樹から離れないと。
私は鞄から小さなケースを取り出し、白いカプセルを一粒口に入れた。ペットボトルの水で飲み込み、ペットボトルだけを鞄にしまう。閉じたケースを眺めた。
「なーほちゃん」
いきなり名前を呼ばれ驚いて振り向くと、青山が立っていた。
「あ、青山……」
「ん?」
言葉を失ってしまい、青山が不思議そうに私を見た。
「おはよう」
「おはよう。樹は一緒じゃないの?」
きょとんとする青山に、私は視線をそらす。
「えっと、今林原先生に呼ばれて……行っちゃった」
「そうなんだ」
「うん」
「何、どうしたの?」
「いや、別に……」
視線をそらす私の顔を、青山は覗きこむ。
「んー? 何か変だな」
「何……?」
私が俯いたまま、覗きこむ青山と目を合わせようとした瞬間に、青山は私が手に持っていた小さなケースをさっと私から奪った。
「あ!」
青山はケースを見つめている。
「何これ? ……サプリメントって書いてある」
私はかなり焦ったが、ばれないようになるべく自然な形で、青山からケースを取り返した。
「人のもの取らないの」
私はケースをさっと鞄にしまうと、青山はやっぱりきょとんとして私を見た。
「ねえ菜穂ちゃん。それ……本当にサプリメントが入ってるの?」
「そうだよ!」
思わず声を張ってしまった私に、青山は目を丸めた。
どうしよう……かなり不自然に違いない。
青山は少し考えてから
「……樹のためにダイエット?」
と笑って聞いてきた。
「何で樹のためにダイエットしなきゃならないの?」
「そりゃ、愛する彼に」
「……ちょっと黙ってくれるかな」
むっとする私に青山は私の横をゆっくり通りすぎる。
「俺、教材室の用事終わったから一緒に教室行こう?」
少し先に行ってから足を止め、青山は笑って振り向いたので私も笑って頷き、その後をすぐに追った。
教室に着くと自分の席に鞄を置いて、私は机に頬をつけてぼんやり窓の外を見ていた。そこへサックスの入ったケースを持ち、小絵が私より少し後に教室に入って、自分の席についた。
「あれ? 菜穂朝から疲れてるじゃん」
「ちょっとね」
「二村は?」
「職員室」
「そうなんだ。……ねえねえ」
小絵が私の肩を軽く叩いたので、振り向く。
「菜穂さ、青山にサボテンもらったんだって?」
「え? ああ、貰ったよ」
すると小絵は
「もうなんなの、三人でいつの間にかお揃いでずるい!」
と少しすねたので、私は苦笑した。
「お揃いって、青山も金鯱持ってるの?」
「持ってる」
「ほ、欲しいの?」
「うん!」
小絵が嬉しそうにしている。
「あ、あげようか」
と言うと小絵は頬を膨らました。
「だめ、何言ってるの菜穂! 四人お揃いがいいの!」
「え?」
「だからね、私も貰う手続きを済ませた」
何故そんなものをお揃いにしたがるのか分からない。廊下側を見ると聞いていたのか青山が自分の席に座ったまま、そっとピースサインをこちらに向けて出した。
「私たちは、金鯱同盟なんだよ!」
「……何それ」
「うんうん、いいね。四人で金鯱同盟……!」
小絵は何故か満足げに頷く。その姿に笑いながらも、こっちを見ている青山を見て、私は小絵を何度か小刻みに指を差し
『どうなってるの?』
と口パクで合図を送ると、通じたのか、青山も小絵を小刻みに指を差し口パクする。
『勝手に一人で盛り上がってるの』
奇跡的に読み取れて、私は納得したように頷く。小絵は何かに感動してどこかに意識がいってしまって、こちらを気に止めてなかった。私と青山の口パク後、小絵ははっとした。
「あ、金鯱同盟のボスはあいつね」
小絵は青山を指す。青山は頬杖をつき笑って何度か頷いている……適当に。もう何でもいいらしい。そこへ樹が職員室から戻ってきた。
小絵は、樹を指を差した。
「二村は、ボスの子分ね」
「こ……!」
私が驚いていると、樹は意味が分からず首をかしげている。青山は頬杖をつくのをやめて
「それはいい! おい、樹は今日から俺の子分だ」
と笑いながら言い始めている。
「……誰が子分だって?」
「樹が金鯱同盟の、子分」
「金鯱同盟って何?」
「小絵ちゃんがつけた俺らの名称だよ。四人一緒の金鯱持ってるってことで、金鯱同盟。小絵ちゃんはまだお取り寄せの段階だけど」
「ふうん。で、俺はお前の子分」
「そ!」
「なら、俺はもう教材室の手伝いしない」
樹が顔を背けると、青山が分かりやすく慌てた。
「いや、まじかよ! てか、子分とか言い出したの小絵ちゃんだからね?」
すぐに青山が謝ると、樹は青山を見て笑った。私は小絵を見る。
「菜穂は見習い①で、私は見習い②」
「ねえ小絵。役職がむちゃくちゃなんだけど」
小絵は嬉しそうにして、また思考がどこかへ飛んでっている。もういいや、ほっとこうと私は決めた。
小絵から目線を離すと樹と目があった。私と目が合うと、樹はじっとこっちを見続ける。私が首をかしげると、樹は私の席の前まで来て私を見下ろした。
「なぁ菜穂」
「ん?」
「何かあっただろ?」
私は一瞬時が止まったが
「な、何かとは?」
と私は見上げて樹を見た。
「さっきからおかしい」
「……何が?」
「菜穂からいつもよりも大きな……雑音が聞こえる」
「雑音?」
樹は私の席の前にかがんで、机の上に乗せていた私の手をとった。
「何隠してるの? 俺には言えないこと?」
かがんだまま私を少し見上げる、樹のまっすぐとした視線から目がそらせない。
「菜穂って」
樹は怒っていない。落ち着いてはいるが、少し心配そうに私を見つめている。
「樹……」
どうしようと思っていると
「おはよう! ホームルーム始めるぞ」
林原先生が明るく入ってきた。
「二村、おはよう。早く席つけよ」
林原先生が樹を見ると、林原先生と目線の合った樹は、ため息をつき私をもう一度見て、自分の席に戻っていった。
「何かあったの?」
後ろでそう聞く小絵に、私は首を横に振った。