駅から学校までの通学路もヒイヒイ言いながら進んでいくと、ようやく学校に辿り着いた。
 校門を潜ると、下駄箱の前で立ち竦む。……上履き、どうやって履こう。
 下駄箱から床に片方だけ投げて履き替えるのはいい。だけど拾えない。座ったら最後、多分起き上がれない。
 すると、つばさがにこやかに尋ねてきた。

「淳平、下駄箱に寄りかかってて」
「へ?」
「いいからいいから」

 言われるがままに下駄箱に背中をつけると、つばさはサッとしゃがんで俺の無事だった方の足の靴を脱がせたじゃないか。

「えっ!? いや、さすがにそこまではっ」

 周りの生徒たちも、松葉杖を突いているから分かってはくれるんだろうけど、でもいやいやいや。
 つばさは俺の下駄箱に靴を突っ込むと、上履きを掴んで再び座り込む。膝を突いて履かせるとか、俺シンデレラっぽくね? なんて固まりながら頭の片隅で思った。周りの視線が痛い。モブにはこの注目度はキツイよ。
 つばさはにっこにこの顔で俺を見上げながら立ち上がる。キラキラしすぎていて、もうよく分からないよこいつ。なんでそんなに嬉しそうなの? まさか尽くすことに幸せを感じるタイプ?

「最後の難関、階段が待ってるから頑張ろう!」
「あ、はい」

 多分、俺の目は半分死んでいたと思う。だって、周りの女子がつばさを見る時と俺を見る時の目つきの鋭さが全然違うんだもん。
 松葉杖で一段階段を登ろうとして、後ろにふらつく。

「わっ! 危ないっ!」

 つばさが慌てて背中を支えてくれて事なきを得たけど、うそ、俺この階段を三階まで登る自信皆無だし、と絶望していると。

「おはよー」

 背後から挨拶してきたのは、拓だった。つばさがパッと振り返ると、拓に言った。

「拓、丁度いいところに! 松葉杖持って!」
「え? いいよー。でもどうやって上るの?」
「俺が支えて上る。――ほら淳平、松葉杖を……は無理か。俺に寄りかかって、そしたら拓が松葉杖を引っこ抜いて」

 ほら、と子供を抱っこする大人みたいに両手でおいでをされる。……え、俺これに飛び込まないといけないの? これってそういう感じ?

「今度は絶対に落とさないから!」

 力強く頷かれては、拒否もしにくい。
 結局俺は腕をつばさの肩に回し、もう片方の手は手すりを持ちながらぴょんぴょんと跳ねて階段を上ることになった。地味に辛い。

「頑張れ淳平!」

 励ましてくれてるのは分かったから、俺の耳元に息吹きかけないで。なんかゾクッとするからさ。
 相手がイケメンだと、例え俺が男でも密着するとドキドキするらしいことが判明した。アイドルとかイケメン俳優に見惚れるとか会ってキョドるとか、そういうのと一緒だよな、多分。
 三階まで上るのは本当に大変だった。
 俺のへたり具合を見たつばさが後で先生にエレベーターの使用許可を取ってみると言ってくれたので、正直ホッとした俺だった。



 つばさと拓に両脇を固められながら、教室へと向かう。
 最初に教室に入ったのは拓で、「おはよー」と挨拶すると何人かの生徒が挨拶を返した。
 次に俺とつばさが教室に入ると、何人かずつに固まって喋っている生徒たちが一斉に俺を見る。う、うわ……っ。
 思わず腰が引けて立ち止まると、つばさが俺の背中に手を触れて「あそこが淳平の席だよ」と指を差して教えてくれた。席が分からなくて戸惑ったと思ってくれたらしい。
 盛大に人見知りを発動させながら教室の中を松葉杖で進むけど、机と机の間が狭くて通りにくい。

「わっ」

 机の足に松葉杖が引っかかって転びそうになると、つばさが慌てて俺を後ろに引き寄せた。

「危ない!」
「うおっと……っ」

 今転んだら、また骨折の可能性もある。俺の心臓はバックバクだった。
 笑いながら顔を仰け反らせて、つばさを仰ぎ見る。

「また骨折するとこだったよ。ありがとな、つばさ」

 するとつばさも笑顔になった。

「んーん。全然」

 こいつって本当に屈託のない笑い方するよな。そういうの、俺は嫌いじゃない。だって中学の時の八木の笑顔は今思えば超胡散臭かったけど、こいつの笑顔には裏が感じられないし。
 そして何故かここでおかんが出現する。

「また入院とか嫌だからね、本当気をつけようね」

 なんでお前が嫌なんだよとおかしくなった。

「分かってるって」

 くは、と笑い合う。本当おかん過ぎて笑えるんだから。
 どうにかこうにか席に座ると、周りの席の男子が「大変だったねー」「俺隣の席だから何かあったら言って」と次々に声を掛けてくれた。こそばゆいけど嬉しくて、「ありがと」と返す。
 ちょっと前の俺だったら、どう返していいか分からずにプイッとしてたかもしれないから、これはかなりの成長だ。咄嗟に返せたのは、毎日つばさが話しかけてくれたお陰だと思う。
 少し前までは、拓が隣にいないとだめだった。でもつばさが全力でぶつかってきてくれたお陰で、俺の中で「人を信じちゃだめだ」という気持ちが少しずつ溶かされていっていたらしい。
 なんだ、あいつみたいな奴ばっかじゃないじゃん――。
 当たり前の事実にようやく気付いた俺は、幸先のよさそうなスタートを切れて安堵の息を吐く。
 ――教室の片隅にいて俺たちを冷たい目で見ている集団の存在には、気付いていなかった。