中学二年になるまでは、俺はどこにでもいる普通の奴だった。
 俺が同い年限定の極度の人見知り――というか人間不信になった原因は、二年生のクラス替えがきっかけだ。
 前の席の、サッカー部所属でちょっとイケメンの八木という奴と仲良くなった。
 一年の時と被ったメンバーが殆どいなかった八木は、俺とつるむことが増えた。俺は今よりも刺々しくなくて、どちらかというと大人しい方だったと思う。垂れ目で尖った印象を持たれにくいこともあったんじゃないか。
 拓も同じクラスだったけど、何故か八木は拓と絡むのを嫌がった。合わないなら無理強いしてもいいことはない。結果、俺は八木とだけ過ごすことが増えた。
 八木はもてた。八木が誰々に告白された、なんてことも風の噂で聞いた。本人は一度も俺に言わなかったけど。
 なんだか最近女子たちが俺を見る目に険があるなあとは感じていたけど、モテる奴を独占しちゃってるからかな、なんて呑気に思ってた。
 事件が起きたのは、夏休み直前のある日だ。
 一緒に帰ろうと言っていた八木が教室に戻ってこない。待ちくたびれて探しに出た俺は、八木が告白されている場面に出くわした。慌てて隠れる。
 と、八木はよく分からないことを言っていたのだ。

「……淳平に悪いから、ごめん」

 は? 何言ってんの? と思った。女子は学年で一、二を争う美少女だったけど、はっきり言って気の強そうな顔は全く好みじゃないし、そもそも接点もない。

「木梨くんて前田さんのことが好きだったんじゃないの!? 前田さんの告白を断ったのも木梨くんが原因じゃん!」

 え、俺って前田さんが好きだったの? 初耳なんだけど、と驚いていると。
 八木がとんでもないことをほざいた。

「あいつ俺しか友達いないからさ」

 は? いや、いるし。俺の心の友は拓です。何言ってんの? と思った。

「だから俺が女子といい感じになるのが嫌みたいなんだ。こういう話すると機嫌悪くなるし。でも俺にとっては大事な友達だから許してやってよ」

 事実無根の冤罪を友だちに語られている意味が本気で分からなくて、呆然とするしかなかった。
 その後のことはよく覚えていない。気付かれないように教室に戻って先に帰ったんだと思う。
 家に帰ってしばらくしてから、メッセージが届いた。「先に帰ったの?」とか「どうしたの?」とかだ。
 返事は返さなかった。
 翌日は終業式だったから、どんな顔をしたらいいか分からなくてサボった。
 夏休みの間も、八木からはしつこく連絡がきた。最初は体調を心配する内容だったのが、段々と「ふざけんじゃねーぞ」とか「無視してんじゃねえ」とかいった脅す内容に変わってきて、怖くなった。
 夏休みの後半に入ると、八木からの連絡はピタリと途絶えた。ホッとして二学期に学校に行くと――。

「木梨くん、いじめなんてサイテーだよ」

 いきなりクラスの女子に囲まれた。教室の隅の方にいる八木は、わざとらしく項垂れている。
 だけど八木の口の端は歪みながら上がっていて、「嵌められた」と気付いた。

「俺は何もしてないよ!」
「噓つきだって有名だよ! 私たちは八木くんの味方だから!」

 何も聞いてもらえなくて、クラスメイト対俺の対立ができ上がってしまった。
 男子は訳が分かっていなそうなのがまだ救いだったけど、「八木と絡むといじめられるよ」と女子に言われて殆どの奴らは離れていった。友情なんてそんなもんだよな。つくづく思った。
 唯一拓だけが「淳平はいい奴だよー」と言って傍にいてくれたけど、二年の夏以降ははっきり言って地獄だった。先生には訴えたけど、恋愛絡みはねえと苦笑されてしまい、「内申には関係ないから」と言われただけだった。
 いやいや、クラスに無視されてるのはいじめじゃないの? と思ったけど、誤解を解く為に八木の嘘をバラしたら今度こそ色んなことが終わってしまいそうで、それ以上歯向かうのはやめておいた。
 三年生になってクラス替えがあって、八木と離れた。多少は考慮してくれたんだと思う。
 だけど俺の噂は出回っていたようで、みんなよそよそしかった。
 その頃には、馴れ馴れしく近付いてくる奴、特にイケメンに恐怖心を覚えるようになっていた。中には俺に話しかけてくる奴もいるにはいたけど、俺は全て拒絶した。
 だって、みんな八木を信じて俺のことは信じなかったじゃないか。それってあっちがイケメンで俺がモブだからだろ?
 変わらず俺と付き合ってくれたのは、拓と拓が仲のいい数人だけだ。それだってみんな「拓の友達だから」っていう理由でつるんでくれていただけ。
 俺は同級生限定で、立派な人間不信になっていた。信頼できるのは拓の周りだけという価値観が、俺の中に刷り込まれたんだ。
 八木がどういうつもりで俺を孤立させたのかは知らない。だけど三年生の途中で、三年になって八木とつるんでいた奴が不登校になったと聞いた。そのことから、八木は誰かひとりを自分に縛り付けておけないと途端に反撃して追い詰める奴なんだと悟った。
 さすがにこの段階になると、周りの反応も少し変わってきた。八木が被り続けた化けの皮が少しずつ剥がれてきていたんだろう。イケメンで悪知恵が働いても、所詮中学生レベルのことだ。
 卒業間際になって、二年の時俺を糾弾した女子の中心人物だった奴が「ごめん」と謝ってきた。
 いいよ、とは言えなかった。
 そいつの罪悪感を軽くする為だけの謝罪にしか思えなかったから。
 すっかり捻くれてしまった俺に寄り添う覚悟がない奴に謝られたところで、何も心に響かない。
 俺を覆う殻は俺を守る為に分厚くなり過ぎて、ごめんのひと言だけでは声が届かないないほどになっていた。