翌日、学校終わりに拓がお見舞いに来てくれた。
カーテンを開けて入ってきた拓は、菩薩な笑みを浮かべると椅子を引いてベッドの横に座る。
「淳平、具合どう?」
「痛え」
「だよねえ。痣も酷いもん」
「それに暇。すっごい暇」
痛み止めが切れると痛いし、だからって寝てばっかもできない。スマホゲームもやったけど、俺は基本無課金勢。フリーコインを使い果たすと、すぐにやることがなくなってしまった。
だから心底、拓の訪問を喜んだ。もう毎日来てくれないかな。
俺は喋りまくった。人生初の尿瓶での排尿は屈辱だったけど、拓に「超貴重な経験じゃん!」と褒められて、失いかけていた自尊心が癒やされた。本当まじでお前は心の友だよ。
ちなみに母親は「今日はママ友とランチだから明日来るわね~」とのことだった。春休みの食事の用意から解放された母親たちが、前々から計画していたらしい。まあいいけどさ、いいんだけどさ……。
「暇してると思って持ってきたよ!」
「お、サンキュー! 本気で暇してたんだよ!」
拓が今日発売の漫画の週刊誌を手渡してくれた。俺を見捨てないでいてくれるのはお前だけだよ……っ。
ちょっと涙ぐんだ。
拓が高校の様子を伝えてくれる。拓の話では、授業開始はまだしばらくは先の話だとか。最初の二週間はオリエンテーションやら何やらでほぼ終わるらしい。勉強の遅れは殆どなさそうで安堵する。
すると拓が突然、知らない人間の名前を口にした。
「プリントが配られたから僕が持っていくって手を上げたんだけど、小川が『自分がやる』って聞かなくてさ」
だから後で小川が来ると思うよ、と言われても。
え、お前もう友達できたの? それって俺も仲良くなれそうな奴? うわ、置いていかれた感半端ない。
「……小川って誰?」
「え? あ、聞いてない? 淳平を押し潰した奴だよ」
「名前すら聞いてねえよ」
あれ、そうなの? と呑気なことを言われても。
「とにかく、これからは小川がちょくちょく来ると思うから」
「えっ。いや、俺はお前がいい……っ」
人見知り全開で即座に返す。だって無理だ。そんな女子に囲まれちゃうようなイケメン(断定)なんて絶対合わないに決まってる。
「嫌だよ、会ったこともない奴なんて無理だし」
「会ったじゃん、昨日」
「あれは押し潰されただけだろ。そもそも見てないし。拓だってさっき言ってたじゃん」
拓は顔に似合わずキリリとすると、お兄さんぶった口調で説教を始めてしまった。
「淳平。お前もそろそろその人見知りを克服した方がいいよ。僕だっていつまでも一緒にいてあげられる訳じゃないんだから」
「ぐ」
「大学生とか社会人になっても一緒はさすがに無理だからさ」
「わ、分かってる……けど」
分かっている。拓には前から指摘はされていた。拓は優しいから金魚のフン状態の俺の面倒を細やかに見てくれるけど、ずっとこのままではよくないことも分かってる。……でも、だけどさ。
ふ、と拓が苦笑する。
「僕はずっと淳平と親友やってくつもりだから突き放してるつもりはないよ? だけどさ、いい機会だからちょっと頑張ってみたらってことだよ。苦手なのは同い年だけなんだろ?」
「ん……」
「大人や年下とは普通に接してるんだからできるって。やっぱりそれ、ちゃんと克服した方がいいよ、うん」
それに、と言いながら、何故か拓が立ち上がった。あれ、もう行っちゃうの? まだ来て三十分くらいしか経ってなくない? と時計を見たら、一時間が経とうとしている。こんな時ばっかり、時間が経つのは早い。
拓が申し訳なさそうな顔になる。
「面会時間、ひとり一時間って指定されてるんだよ。また来るからそう寂しそうな顔しないで」
「……ん」
下唇が出そうになってしまい、必死で抑えた。
拓が鞄を肩に掛けながら続ける。
「小川、いい奴そうだったよ。お前のことをすごく心配してたし、だからお前を利用するようなことはしないと思うから大丈夫」
拓の言葉にハッとさせられる。俺はこのことは拓に詳しく話したことはなかったけど――知ってたのか。そっか、まあ……一緒にいたら分かるよな。
「拓……俺、」
「とにかく話してみろって!」
じゃあまた来るね! と手を振り去っていく拓の後ろ姿を、切ない思いで眺めていた。
カーテンを開けて入ってきた拓は、菩薩な笑みを浮かべると椅子を引いてベッドの横に座る。
「淳平、具合どう?」
「痛え」
「だよねえ。痣も酷いもん」
「それに暇。すっごい暇」
痛み止めが切れると痛いし、だからって寝てばっかもできない。スマホゲームもやったけど、俺は基本無課金勢。フリーコインを使い果たすと、すぐにやることがなくなってしまった。
だから心底、拓の訪問を喜んだ。もう毎日来てくれないかな。
俺は喋りまくった。人生初の尿瓶での排尿は屈辱だったけど、拓に「超貴重な経験じゃん!」と褒められて、失いかけていた自尊心が癒やされた。本当まじでお前は心の友だよ。
ちなみに母親は「今日はママ友とランチだから明日来るわね~」とのことだった。春休みの食事の用意から解放された母親たちが、前々から計画していたらしい。まあいいけどさ、いいんだけどさ……。
「暇してると思って持ってきたよ!」
「お、サンキュー! 本気で暇してたんだよ!」
拓が今日発売の漫画の週刊誌を手渡してくれた。俺を見捨てないでいてくれるのはお前だけだよ……っ。
ちょっと涙ぐんだ。
拓が高校の様子を伝えてくれる。拓の話では、授業開始はまだしばらくは先の話だとか。最初の二週間はオリエンテーションやら何やらでほぼ終わるらしい。勉強の遅れは殆どなさそうで安堵する。
すると拓が突然、知らない人間の名前を口にした。
「プリントが配られたから僕が持っていくって手を上げたんだけど、小川が『自分がやる』って聞かなくてさ」
だから後で小川が来ると思うよ、と言われても。
え、お前もう友達できたの? それって俺も仲良くなれそうな奴? うわ、置いていかれた感半端ない。
「……小川って誰?」
「え? あ、聞いてない? 淳平を押し潰した奴だよ」
「名前すら聞いてねえよ」
あれ、そうなの? と呑気なことを言われても。
「とにかく、これからは小川がちょくちょく来ると思うから」
「えっ。いや、俺はお前がいい……っ」
人見知り全開で即座に返す。だって無理だ。そんな女子に囲まれちゃうようなイケメン(断定)なんて絶対合わないに決まってる。
「嫌だよ、会ったこともない奴なんて無理だし」
「会ったじゃん、昨日」
「あれは押し潰されただけだろ。そもそも見てないし。拓だってさっき言ってたじゃん」
拓は顔に似合わずキリリとすると、お兄さんぶった口調で説教を始めてしまった。
「淳平。お前もそろそろその人見知りを克服した方がいいよ。僕だっていつまでも一緒にいてあげられる訳じゃないんだから」
「ぐ」
「大学生とか社会人になっても一緒はさすがに無理だからさ」
「わ、分かってる……けど」
分かっている。拓には前から指摘はされていた。拓は優しいから金魚のフン状態の俺の面倒を細やかに見てくれるけど、ずっとこのままではよくないことも分かってる。……でも、だけどさ。
ふ、と拓が苦笑する。
「僕はずっと淳平と親友やってくつもりだから突き放してるつもりはないよ? だけどさ、いい機会だからちょっと頑張ってみたらってことだよ。苦手なのは同い年だけなんだろ?」
「ん……」
「大人や年下とは普通に接してるんだからできるって。やっぱりそれ、ちゃんと克服した方がいいよ、うん」
それに、と言いながら、何故か拓が立ち上がった。あれ、もう行っちゃうの? まだ来て三十分くらいしか経ってなくない? と時計を見たら、一時間が経とうとしている。こんな時ばっかり、時間が経つのは早い。
拓が申し訳なさそうな顔になる。
「面会時間、ひとり一時間って指定されてるんだよ。また来るからそう寂しそうな顔しないで」
「……ん」
下唇が出そうになってしまい、必死で抑えた。
拓が鞄を肩に掛けながら続ける。
「小川、いい奴そうだったよ。お前のことをすごく心配してたし、だからお前を利用するようなことはしないと思うから大丈夫」
拓の言葉にハッとさせられる。俺はこのことは拓に詳しく話したことはなかったけど――知ってたのか。そっか、まあ……一緒にいたら分かるよな。
「拓……俺、」
「とにかく話してみろって!」
じゃあまた来るね! と手を振り去っていく拓の後ろ姿を、切ない思いで眺めていた。