その瞬間、俺は自分の脳みそがいよいよおかしくなったと思った。
何故なら、つばさの柔らかい唇が俺の唇に重ねられていたからだ。
「――ッ!?」
驚きのあまり呆けながらつばさを見ていると、やがてつばさはゆっくりと顔を離した。そんなつばさの目の下は、風呂上がりみたいに火照っている。……ええと、え? ど、どういうこと!?
「……こういう意味。伝わった?」
「へっ!? えっ! 今のキ、キ、キス!?」
動揺しまくる俺の額に、つばさが困ったような顔でコツンと額をつけた。ち、近い! 息が吹きかかる! や、やば、俺は多分汗臭いのに……っ!
「うん。淳平が好きで淳平が感動してる顔みたら、我慢できなかった」
ドンドンドンと花火が連続で打ち上がる音が地響きのように伝わってきていたけど、どうしたってつばさから目を逸らすことができない。今、絶対花火が綺麗な筈なのに。……俺の距離感もバグってるのかも。
だって――ちっとも嫌じゃないから。
つばさの膝の上にあった手が、俺の膝の上に移動する。すると、小さな震えが伝わってきた。え、つばさが震えてる? どうして?
「入学式の日さ。俺が驚いて階段から落ちた理由、本当は別にあるんだ」
「べ、別? だってあれは抱きつかれて落ちたって周りの証言も」
ふ、とつばさが小さく笑う。
「それはそうなんだけど、そもそもの原因のことだよ」
「原因……?」
他に何かあるのか? と相変わらず飛び出してきそうな心臓の存在を強く感じたまま、問い返した。
「あの日さ。先に階段を上ってたら、後ろから知り合い同士みたいな声が聞こえて、何となく振り返ったんだ」
「う、うん」
もしや俺と拓のことかな、と思った。あの日は確か拓に呼び止められて、それで立ち止まって拓が来るのを待っていた記憶があるから。
「そうしたら、拓が追いついてきた時に淳平が心底嬉しそうに笑ったんだよね」
やっぱり俺のことだった。あれをつばさに見られていたんだ。でもそれがどうしたんだろう?
つばさは額をつけたまま離れない。先程から花火の爆発音が聞こえてこない気がするけど、鼓動が耳にまで響いてきて、正直なところ分からなかった。
「淳平の笑顔を見た瞬間、まるで最初の花火が打ち上がった時みたいに俺の中の全部が持っていかれた」
「へ……」
ま、待ってくれよ。それってまるで、つばさが俺にひとめ惚れしたみたいな言い方じゃ――。
つばさの手は、相変わらず小さく震えている。何がそんなに怖いんだよ。この震えを、俺が止めてやることはできないのかな――。
「そうしたら、如月さんが俺を見つけて話しかけてきていたらしいんだけど、全く気付かないくらい目を奪われていてさ。抱きつかれた瞬間驚き過ぎて、足を踏み外しちゃったんだ」
つばさが、ようやくゆっくりと顔を離した。どうして俺はつばさから目を逸らすことができないんだろう。どうしてつばさは俺をそんな切なそうな目で見ているんだろう。
「そうしたら、自分が淳平を下敷きにして落ちたことに気付いて、頭が真っ白になった」
「まあ驚くよな。お前は何も悪くなかったんだし」
あれは、階段で後ろを振り返ってる奴に突然抱きついた如月さんの想像力のなさが招いた事態だもんな。
「なんだけど、次の瞬間別の意味で頭の中が真っ白になっちゃって」
恥ずかしそうに上目遣いになるつばさ。
「別の意味……?」
うん、とつばさが小さく頷いた。顔は離れたけど、相変わらず少しでも前のめりになったらキスできるような近さのままだ。……どうして俺は、こんなに近くにつばさの顔があるのに嫌じゃないんだろう。どうして俺は、心のどこかで期待しているんだろう――。
つばさがほわりとした笑みを浮かべる。
「気を失って目を閉じてる淳平の顔が滅茶苦茶好みすぎて、つい見惚れちゃってました。……咄嗟に動けなくてごめん」
「……は?」
「あ! 勿論、今は淳平の滅茶苦茶可愛い中身も知ってるから、今の淳平の方がいいって断言できるからね!」
違う、そういうことを言ってるんじゃなくてさ。
「え、待って、はっきり言ってくれないと俺、」
先程からつばさが言っている言葉を総合すると、つばさは俺のことが……す、好き? え、いやでも確かにいつも好みとか好きとか言われてたけど、俺はてっきり男友達としての好きだとばかり思ってたのに。
あ、でもさっきキスされた。友達同士でキスはしないもんな。つまりはこれまでつばさが俺のことを好きだ好きだと言って、離れようとしたら一軍の奴ら全部をあっさりと切るくらいの必死さを見せたのは――恋愛的な意味で俺のことが好きだから?
気が付いたら、震える手を握り返していた。直前まで不安そうだったつばさの目が、期待に輝く。
真剣な眼差しをして、つばさが言った。
「淳平。俺は淳平が好きなんだ。何度伝えても伝わらなかったから、淳平が俺のことをただの男友達としてしか見てないのは分かってた。だけど、少しでも嫌じゃなかったら、俺と……その……っ」
言い淀むつばさ。つばさが何で震えてるのか、分かった気がする。
俺のトラウマを乗り越えてずっと隣にいてくれたつばさ。こんな捻くれた俺の中にいた臆病な俺を見つけて、引っ張り上げてくれたつばさ。
――じゃあ、今度は俺がつばさを引っ張り上げる番だろ。
だって、俺だってつばさが大好きなんだから。好きだと言われて、素直に嬉しいと思えているってそういうことだろ?
「――言えよ」
「……え?」
つばさが目を丸くする。
「お前が言った言葉、全部イエスで返してやるから」
「へ……っ!」
つばさの息遣いは短くて苦しそうだった。手は相変わらず震えてるし、顔は緊張からか強張っている。本当に同じ意味で言ってるのか、信じ切れないんだろう。
俺の中ではつばさはとっくに特別だったんだから、信じろよな。
「ほら、全部イエスだって言ってんだろ。早く言えって」
「う……うん……!」
すーはーと深呼吸をして息を整えるつばさ。応援するつもりでつばさの手を上からぎゅっと握ると、つばさは恋人繋ぎに握り返してきた。……なんか照れるな、これ。
「――淳平、好きです。俺と付き合って、俺の恋人になって下さい!」
「勿論、答えはイエスだ!」
「淳平っ!」
つばさは正面から俺に飛びついてくると、俺をレジャーシートの上に押し倒した。
「おわっ!」
ぎゅうう、ときつく抱き締められる。
「大切にするから……!」
「ん……これからよろしくな」
再び顔が近付いてくる。内心ドキドキしながらも、俺はつばさのキスを正面から受け入れることにした。
ふにゅりと唇同士が優しく重なる。
長いこと重ねられた後、つばさが俺の上に乗ったまま照れ臭そうに笑った。
「……花火大会の一番いいところ、見せてあげられなくてごめん」
本当、こいつは俺のことばっかりなんだからな。
照れ臭くて仕方ないけど、俺はきちんと伝えることにした。
「ばーか。お前の告白、花火のクライマックスを忘れるくらい俺の全部を奪ってたんだぞ。見事に打ち上がったんだからさ、自信持てよ」
あー俺、相変わらず偉そう。
でも、つばさの目が潤んでるってことは、これでいいらしい。
押し倒されたまま、ニヤリと笑った。
「もう不安にさせんなよ」
唇をキュッと噛んで、つばさがこくこくと頷く。
「させない。嫌って言っても離れないから……!」
「ふは、つばさはストレートな上にクソ重だよな」
おかしくなって思わず吹き出した。
まだ少し不安そうに俺を見ている俺の恋人を安心させるべく、俺はつばさの首に腕を掛けて引き寄せると、今度は自分からキスをしたのだった。
何故なら、つばさの柔らかい唇が俺の唇に重ねられていたからだ。
「――ッ!?」
驚きのあまり呆けながらつばさを見ていると、やがてつばさはゆっくりと顔を離した。そんなつばさの目の下は、風呂上がりみたいに火照っている。……ええと、え? ど、どういうこと!?
「……こういう意味。伝わった?」
「へっ!? えっ! 今のキ、キ、キス!?」
動揺しまくる俺の額に、つばさが困ったような顔でコツンと額をつけた。ち、近い! 息が吹きかかる! や、やば、俺は多分汗臭いのに……っ!
「うん。淳平が好きで淳平が感動してる顔みたら、我慢できなかった」
ドンドンドンと花火が連続で打ち上がる音が地響きのように伝わってきていたけど、どうしたってつばさから目を逸らすことができない。今、絶対花火が綺麗な筈なのに。……俺の距離感もバグってるのかも。
だって――ちっとも嫌じゃないから。
つばさの膝の上にあった手が、俺の膝の上に移動する。すると、小さな震えが伝わってきた。え、つばさが震えてる? どうして?
「入学式の日さ。俺が驚いて階段から落ちた理由、本当は別にあるんだ」
「べ、別? だってあれは抱きつかれて落ちたって周りの証言も」
ふ、とつばさが小さく笑う。
「それはそうなんだけど、そもそもの原因のことだよ」
「原因……?」
他に何かあるのか? と相変わらず飛び出してきそうな心臓の存在を強く感じたまま、問い返した。
「あの日さ。先に階段を上ってたら、後ろから知り合い同士みたいな声が聞こえて、何となく振り返ったんだ」
「う、うん」
もしや俺と拓のことかな、と思った。あの日は確か拓に呼び止められて、それで立ち止まって拓が来るのを待っていた記憶があるから。
「そうしたら、拓が追いついてきた時に淳平が心底嬉しそうに笑ったんだよね」
やっぱり俺のことだった。あれをつばさに見られていたんだ。でもそれがどうしたんだろう?
つばさは額をつけたまま離れない。先程から花火の爆発音が聞こえてこない気がするけど、鼓動が耳にまで響いてきて、正直なところ分からなかった。
「淳平の笑顔を見た瞬間、まるで最初の花火が打ち上がった時みたいに俺の中の全部が持っていかれた」
「へ……」
ま、待ってくれよ。それってまるで、つばさが俺にひとめ惚れしたみたいな言い方じゃ――。
つばさの手は、相変わらず小さく震えている。何がそんなに怖いんだよ。この震えを、俺が止めてやることはできないのかな――。
「そうしたら、如月さんが俺を見つけて話しかけてきていたらしいんだけど、全く気付かないくらい目を奪われていてさ。抱きつかれた瞬間驚き過ぎて、足を踏み外しちゃったんだ」
つばさが、ようやくゆっくりと顔を離した。どうして俺はつばさから目を逸らすことができないんだろう。どうしてつばさは俺をそんな切なそうな目で見ているんだろう。
「そうしたら、自分が淳平を下敷きにして落ちたことに気付いて、頭が真っ白になった」
「まあ驚くよな。お前は何も悪くなかったんだし」
あれは、階段で後ろを振り返ってる奴に突然抱きついた如月さんの想像力のなさが招いた事態だもんな。
「なんだけど、次の瞬間別の意味で頭の中が真っ白になっちゃって」
恥ずかしそうに上目遣いになるつばさ。
「別の意味……?」
うん、とつばさが小さく頷いた。顔は離れたけど、相変わらず少しでも前のめりになったらキスできるような近さのままだ。……どうして俺は、こんなに近くにつばさの顔があるのに嫌じゃないんだろう。どうして俺は、心のどこかで期待しているんだろう――。
つばさがほわりとした笑みを浮かべる。
「気を失って目を閉じてる淳平の顔が滅茶苦茶好みすぎて、つい見惚れちゃってました。……咄嗟に動けなくてごめん」
「……は?」
「あ! 勿論、今は淳平の滅茶苦茶可愛い中身も知ってるから、今の淳平の方がいいって断言できるからね!」
違う、そういうことを言ってるんじゃなくてさ。
「え、待って、はっきり言ってくれないと俺、」
先程からつばさが言っている言葉を総合すると、つばさは俺のことが……す、好き? え、いやでも確かにいつも好みとか好きとか言われてたけど、俺はてっきり男友達としての好きだとばかり思ってたのに。
あ、でもさっきキスされた。友達同士でキスはしないもんな。つまりはこれまでつばさが俺のことを好きだ好きだと言って、離れようとしたら一軍の奴ら全部をあっさりと切るくらいの必死さを見せたのは――恋愛的な意味で俺のことが好きだから?
気が付いたら、震える手を握り返していた。直前まで不安そうだったつばさの目が、期待に輝く。
真剣な眼差しをして、つばさが言った。
「淳平。俺は淳平が好きなんだ。何度伝えても伝わらなかったから、淳平が俺のことをただの男友達としてしか見てないのは分かってた。だけど、少しでも嫌じゃなかったら、俺と……その……っ」
言い淀むつばさ。つばさが何で震えてるのか、分かった気がする。
俺のトラウマを乗り越えてずっと隣にいてくれたつばさ。こんな捻くれた俺の中にいた臆病な俺を見つけて、引っ張り上げてくれたつばさ。
――じゃあ、今度は俺がつばさを引っ張り上げる番だろ。
だって、俺だってつばさが大好きなんだから。好きだと言われて、素直に嬉しいと思えているってそういうことだろ?
「――言えよ」
「……え?」
つばさが目を丸くする。
「お前が言った言葉、全部イエスで返してやるから」
「へ……っ!」
つばさの息遣いは短くて苦しそうだった。手は相変わらず震えてるし、顔は緊張からか強張っている。本当に同じ意味で言ってるのか、信じ切れないんだろう。
俺の中ではつばさはとっくに特別だったんだから、信じろよな。
「ほら、全部イエスだって言ってんだろ。早く言えって」
「う……うん……!」
すーはーと深呼吸をして息を整えるつばさ。応援するつもりでつばさの手を上からぎゅっと握ると、つばさは恋人繋ぎに握り返してきた。……なんか照れるな、これ。
「――淳平、好きです。俺と付き合って、俺の恋人になって下さい!」
「勿論、答えはイエスだ!」
「淳平っ!」
つばさは正面から俺に飛びついてくると、俺をレジャーシートの上に押し倒した。
「おわっ!」
ぎゅうう、ときつく抱き締められる。
「大切にするから……!」
「ん……これからよろしくな」
再び顔が近付いてくる。内心ドキドキしながらも、俺はつばさのキスを正面から受け入れることにした。
ふにゅりと唇同士が優しく重なる。
長いこと重ねられた後、つばさが俺の上に乗ったまま照れ臭そうに笑った。
「……花火大会の一番いいところ、見せてあげられなくてごめん」
本当、こいつは俺のことばっかりなんだからな。
照れ臭くて仕方ないけど、俺はきちんと伝えることにした。
「ばーか。お前の告白、花火のクライマックスを忘れるくらい俺の全部を奪ってたんだぞ。見事に打ち上がったんだからさ、自信持てよ」
あー俺、相変わらず偉そう。
でも、つばさの目が潤んでるってことは、これでいいらしい。
押し倒されたまま、ニヤリと笑った。
「もう不安にさせんなよ」
唇をキュッと噛んで、つばさがこくこくと頷く。
「させない。嫌って言っても離れないから……!」
「ふは、つばさはストレートな上にクソ重だよな」
おかしくなって思わず吹き出した。
まだ少し不安そうに俺を見ている俺の恋人を安心させるべく、俺はつばさの首に腕を掛けて引き寄せると、今度は自分からキスをしたのだった。