花火大会当日。

「おばさん、お久しぶりです!」

 淡い紺色の浴衣を粋に着こなしたつばさが、迎えに来た。
 母さんはにっこにこだ。

「つばさくん、淳平と仲直りしてくれたのねー! よかったあ!」
「俺も嬉しいです!」

 二人して満面の笑みを浮かべている。意味深に横目で俺を見るのやめて。意味分かんないから。

「淳平ってばすぐに逃げるから、これからはしっかり掴まえておくのよ!」
「肝に銘じます!」

 肝に銘じるな。

「じゃあおばさん、いってきます!」
「いってらっしゃい! 楽しんできてね!」

 笑顔の応酬が激しい二人に気押されながら小さく「いってきます」と言うと、家の外に出る。途端、ムワッとした夏の空気が身体の前面に押し寄せてきた。

「うわ、あっちい」
「はい、キンキンに冷やしてきたよ」

 翼が鞄から取り出したのは、すっかり俺専用となっていた水筒だった。これも久々だな。

「やっぱりあるの? 本当お前はぶれないよな」

 言いながら、ありがたく受け取って口に含む。うーん、やっぱりうちの麦茶より高級な味がする気がする。相変わらず美味いなこれ。そんなことを思いながら、チラリと隣をカランコロンと下駄を鳴らしつつ歩くつばさを盗み見した。
 浴衣を着たつばさは、贔屓目に見てもとても格好いい。貼りのある首筋に浮き出る汗の玉ですら、色気満載だ。俺の汗なんか見せても汚いだけだろうから、心底羨ましい。
 イケメンはそこにいるだけで存在感が半端ない。その代わり、目立ち過ぎて変なのにも執着されやすいけど。今回の騒動で、つくづくイケメンも大変だなあと思ったから、やっぱり俺はモブでいいや。モブサイコー。
 すると、俺の視線に気付いたつばさが、顔を向けて照れくさそうに笑った。

「なに、どうしたの? なんかいつもより沢山見られてる気がするんだけど」
「いや、イケメンはなに着ても似合うから得だよなーって」

 見惚れてました、なんて言える訳がない。だからこんな言い方しかできなかった。
 途端、つばさがひまわりみたいな大きな笑みを咲かせる。

「え? 本当!? 淳平が褒めてくれるの嬉しい!」
「言われ慣れてるんじゃねーの?」
「他の人の価値観はどうでもいいもん」

 嬉しそうに言うなよ。照れるだろ。

「うお……あ、そ、そう」
「うん」

 つばさの距離感がバグり気味なせいで、俺も大分おかしい。いや、つばさが人目を引くのは元からだからつい見てしまうのも元からだけど、そうじゃなくて。なんでつばさを見ると胸の辺りが変になるのかなってことだ。苦しくなる癖に脳みそは目が合うと勝手に喜ぶし、訳が分かんねえ。
 つばさが機嫌のよさを隠しもせず、にこにこしながら俺を見下ろす。

「でも、淳平の方がもっと似合ってる。淳平は明るい色似合うよね!」

 お前は褒め上手な彼氏か。
 俺が着ている浴衣は父さんのお下がりで、つばさのよりも大分淡い水色のものだ。模様が若干旅館の浴衣くさいなあと思っていただけに、こうもストレートに褒められるとは思っていなかった。

「お前何でも褒めるよなー」
「本当に思ったから言ったんだよ」
「モブをここまで褒められるのはある意味才能だよな」
「だから淳平のことをモブだなんて思ったことないってば。言ったでしょ。……滅茶苦茶好みだって」

 ……いや、言われたのは「滅茶苦茶好き」と「見た目が好み」であって、「滅茶苦茶好み」ではない。だからさ、こいつ言葉の選択がバグってるんだってば。

 それでも、他の奴に同じことを言われたら多分「うえっ」てなるような台詞も、何故かつばさに言われると素直に嬉しいって思えるから不思議だ。
 もしかしたら、つばさと過ごす内に俺もバグってしまったのかもしれない。褒め言葉ってそれだけで脳内麻薬みたいな感じだし。うん、その線が濃厚だな。

「……どーも」
「うん。分かってくれるまで言い続けるから。まあ分かってもらった後でも言うけど」

 顔を綻ばせながら見つめられて、コイツは顔だけで人に好かれるんじゃないんだな、と今更ながらに気付かされた。大事な相手にストレートに言葉を伝えるのって、大切なことなんだな。つばさの周りに人が集まってくるのは、つばさといると心が弾むからなんだと思う。
 ――今の俺みたいに。

「……花火、楽しみだな!」

 照れ隠しにニカッと笑うと、つばさが頷いた。

「うん。俺さ、穴場知ってるんだ。屋台を見た後に行こうね」
「へー。毎年激混みなのにあるんだ」
「薮の中に入っていくからね!」

 子供の時に発見して以来、毎年ひとりでそこで見ていたんだそうだ。

「何でひとりなんだよ」

 苦笑すると、つばさが小さめな声で答えた。

「狭いから」
「じゃあ二人は無理なんじゃん?」
「いや、昨日下見してきたけどギリいけるから大丈夫」

 いや、下見したのかよ。
 つばさの献身っぷりに、もう何も言うことができなかった俺だった。