ステージショーに向けて動き出してから、今日でちょうど二週間が経った。
企画書①の締め切りがついに明日に迫っている中、僕はすっかり頭を抱えてしまっていた。
それは何故か、というと――……。
「演劇するならやっぱりロミジュリでしょ! それかシンデレラ!」
「いーやせっかくならミュージカル風にしたい! 10分も時間あるんだから、バーッと壮大なのしてみたくない?」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ……そこで言い合ってたって何にも変わらねぇだろ?」
「でも! 今日決めなきゃダメなんだよ!? だったら妥協せずに言っといたほうがよくない!?」
「けどさ……ならどうするんだよ? この時間もあと5分したら終わっちまうし、明日はクラス展示のほうしなきゃなんねぇし決まんなくねぇか?」
「確かにそうだけど、こっちも譲りたくないの!」
木曜日7時間目、ステージショーの為に用意された時間はほとんどが演目決めで消費されてしまったから。
演劇をするところまではもちろん決定していて、このジャンルが揺らぐ事はないと思う。
けど……演目論争の終着点が、全く見えない。
現状としては、ロミオとジュリエットなどといった王道系派閥、音楽ができる人が多いといった理由でのミュージカル派閥、どっちでもいいか迷っている中立派閥に分かれている。
僕は中立派閥でどっちの肩を持つなんて事はしないけど、できる事ならもうそろそろ決めてほしい。
明日の昼休が提出締め切りになっていて、うちの学校は主催の生徒会に提出する前に担任と学年主任に確認してもらわないといけない。つまり今日の放課後には最低でも担任には確認してもらいたい。
「これじゃあ埒が明かねぇな……おい真島! 真島が決めてくれよ!」
「え……?」
「真島が責任者なんだから、もう決めちゃってくれないか? ずっと言い合うのは真島的にもよくねぇだろうし、真島が決めた事なら誰も文句言わねぇと思うからさ。」
不意に名前を呼ばれたと思ったら、いきなり背負わされた決定権。いや、筋は通ってるから納得はできるけど……僕にこんな重大な事を決めるなんて、できやしない。
一気に頭が真っ白になり、『どうしよう』が何度も何度も塗られていく。白だったのに黒くなり、頭が痛くなってきた。
助けを求めようと周りを見るも、全員が僕に判断を委ねているようだった。
そして、早く早くと急かされているように感じる。
彼は、僕の決めた事だったら誰も何も言わないと言ってくれたけど。
……そんな事、あるわけないじゃないか。
「ぼ、僕は……――」
ざわめきが逃げていく、夕暮れに染まる教室に静寂が訪れた。
決定権を渡された僕はやっぱり、決める事ができなかった。
『きょ、今日の夜に、決めるので……もう少しだけ、考えさせてください。』
真っ黒く染まった思考で出した結論は、僕が好む先延ばし。
今日の夜じゃ間に合わないだろ……っ、何を考えてたんだ僕は……。
苦い後悔が逆流してきた胃液のようにやってきて、苦しくて辛くて何よりも気持ち悪くて嘔吐いた。
目の前が次第に暗くなっていく。誰かに少しでもいいから、助けてほしいと考えてしまう。
そんな不甲斐ない自分に対して、あまりにも悔しくて歯を食いしばった。
……僕は、どんな結論を出せば。
「あれっ、凪君? 机に突っ伏してどうしたの?」
もう何も、考えたくないな。
やっとそう思えたと同時に僕の元に現れたのは、学年きってのムードメーカー……神楽宮君。
何で神楽宮君が、と不思議に感じてただ無視を決め込む。
けども彼は気にせずやってきたようで、僕の前の席の椅子を引いた。
「凪君久しぶり。責任者説明会の時以来会ってなかったから、大体二週間ぶりくらいかな?」
何事もないかのように話しだす神楽宮君は、声色からもあっけらかんとしているのが伝わる。
それでも僕は聞こえていないふりをして、わざと答えなかった。
「元気にしてた? 俺はねー、今日ぜんっぜんダメでさ。現国の漢字抜き打ちテストあったんだけど、ぜーんぶ分かんなかったんだよね~。だから先生から、もっと勉強しときなさい!って言われちゃった。」
これは一体何なんだろう。神楽宮君なりの気遣いで、あえて僕に話題を振ってこないようにしているんだろうか。
神楽宮君の思考が読めなくて、考えないほうが正解なんじゃないかと思い始めた。
「でね、あとはー……やっと今日ステージショーの企画書書けたんだよね、遅いと思わない? 俺のクラスは女装男装ファッションショーやるんだけど、タイムテーブルが一切決まらなくてさっき決まったんだよ~。凪君はもう生徒会に出しに行った? まだだったら一緒に行かな――」
「まだ、僕のクラスのは出せないんです。」
「え?」
「まだ……概要が、決まってない……から。」
言葉を交わすつもりなんてなかったのに、つい言葉が勝手に漏れ出した。
え、と呆気にとられたような声が聞こえる。神楽宮君が、きっと呆れているんだ。
そう理解するのには時間がかからなくて、なんとも形容詞難い苦い感情が泥のようにぬかるんでやってきた。
「概要が決まってないって……」
「演劇をするってところまでは決まってる、んですけど……細かいところが全然詰めれて、なくて……。」
情けなさからなのか、出てくる言葉一つひとつが頼りない。
僕にクラスメイトたちを動かせる力なんてない。でも、自分で決断する勇気もない。
……神楽宮君は、なんて思ってるのかな。まだ初歩中の初歩なのにできてないんだ、もっとできてると思ったって思ってるかもしれない。
神楽宮君の反応を知りたくなくて、俯いたまま膝の上の拳を握る。
そうした時、「そっか……。」と同情のような言葉を言われたのが分かった。
その言葉が少しだけ胸に刺さって、痛みを覆い隠すように必死な言葉を吐く。
「こんな責任者、頼りないですよね……責任者決めの時も、どうしてって言われたし。僕だって何で僕なんだろうって不思議だし、こういうの全然できないからクラスのみんなをがっかりさせてばかりで……、こんなのダメだって、ちゃんと分かってるけど……」
段々と声が震えてきた。喉が締まって息がしづらくなって、自分の不甲斐なさに目を背けたくなる。
何もかもから目を瞑って知らないフリをしていたい――。
そう、思ってしまった瞬間の事だった。
「凪君って、頑張り屋さんなんだね。」
「……、え?」
静寂ばかりが広がっていた空間が、パリンと綺麗に割れた。
あまりにも予想していなかった返答に驚きと動揺ばかりが膨らんで、自分でも分かるくらい瞳を大きく見開く。
そして湧き上がってきたのは……不審感だった。
彼は、一体何を言ってるんだろう。
「頑張り、屋さん……だなんて、全然そんな事……」
「凪君自身は確かにそう思うかもしれないけど、凪君の話聞いてると頑張ってるんだなって分かるよ。頑張ってるからこそ、もっともっとって思っちゃってるだけなんだと思うよ。」
反射的に顔を上げると、まっすぐな澄んだ眼差しが交わった。
その事に一瞬ドキッと驚いてしまって、すぐに逸らす。
ただのお世辞だって、社交辞令だって、神楽宮君なりの気遣いだって、分かってる。
分かってるけど……人からそうやって言われるのはくすぐったくて、ちょっとだけ嬉しくなった。
僕なんかにでも周りと変わらない、優しい言葉をかけてくれる事に。
「だから凪君はもっと自信を持って! ていうか、俺のほうが全然責任者としての責務果たせてないから大丈夫! 俺が進行した時とかさー、みんな文化祭に浮かれすぎててなかなか話聞いてくれなかったんだよー! それでいろいろ決めるのも遅れたし、担任もわくわくしてるからもう大変でさ! しかも、みーんなやりたい事がバラバラで収集なんてつかなくって……なんとかなったからいいんだけど、責任者ってこんな大変なの?って思っちゃったよね。」
「…………ふふっ。」
「あ、凪君笑ったでしょ。絶対うちのクラス浮かれてる奴多すぎって思ったでしょー!」
「……お、思って、ない……。」
「それ思ってる感じじゃん!」
……あぁ、面白いなぁ。
久々にそう感じて、笑うつもりなんてなかったのに耐えきれなくなって吹き出してしまった。
それを見た目の前の神楽宮君は、僕の机に頬杖をついて今度は目を細めて柔らかく微笑んだ。
「やっと笑ったね、凪君。」
「……神楽宮君のせい、です。」
「それはよかった。この前説明会で会った時も机に突っ伏してた時も、凪君辛そうだったから笑ってくれて嬉しい。凪君には困り顔より、笑顔のほうが似合ってるよっ。」
「……、そうですか。」
「あっ、凪君敬語なんていらないよ! 俺たち友達だし!」
「え……?」
“友達”という単語に、びっくりして呆気に取られてしまう。
おそらく神楽宮君にとっては何の変哲もない話題で、誰とでもしているのであろう会話。その根拠に神楽宮君は『何か変な事でも言ったかな?』というように、にこっと笑っている。
けど僕は……違うから。
友達だと誰かに言われた記憶も遠ければ、そんな縁とは関わりがなかった。
「ともだち……。」
「うんっ。それに同い年だし、敬語なしのほうが俺的には嬉しいかも! どうかな、凪君。」
窓ガラスを経た夕日を纏い、キラキラ輝く綺麗な視線が僕に向けられる。
無理強いはしないけど、できれば要望に応えてほしい。そんな気遣いが、相手の気持ちに疎い僕でもなんとなく分かった。
……きっと、誰にでも彼はこうなんだ。僕だけじゃない、彼に憧れて慕う人間はたくさんいるだろう。
「……僕なんかと友達で、いいの?」
「“なんか”じゃないよ! 凪君と友達になりたいから言ってるんだし、そもそも仲良くなりたくない人には自分から話しかけにすら行かないし。というかこうやって話してる時点で友達! 異論は認めませんっ。」
――言うなれば、曇天の中でも光り輝く照らす太陽。誰にでも分け隔てない、暖かい人だ。
そして、いつでも前向きな……ポジティブなコミュ強。
僕と正反対のような人がそう言ってくるなんて思ってもなかったし、一生関わっていかないとも思っていた。
でも、"友達”だと言ってくれるなら僕は……。
「……あり、がとう。」
君の、友達の一人になりたい……と思う。
企画書①の締め切りがついに明日に迫っている中、僕はすっかり頭を抱えてしまっていた。
それは何故か、というと――……。
「演劇するならやっぱりロミジュリでしょ! それかシンデレラ!」
「いーやせっかくならミュージカル風にしたい! 10分も時間あるんだから、バーッと壮大なのしてみたくない?」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ……そこで言い合ってたって何にも変わらねぇだろ?」
「でも! 今日決めなきゃダメなんだよ!? だったら妥協せずに言っといたほうがよくない!?」
「けどさ……ならどうするんだよ? この時間もあと5分したら終わっちまうし、明日はクラス展示のほうしなきゃなんねぇし決まんなくねぇか?」
「確かにそうだけど、こっちも譲りたくないの!」
木曜日7時間目、ステージショーの為に用意された時間はほとんどが演目決めで消費されてしまったから。
演劇をするところまではもちろん決定していて、このジャンルが揺らぐ事はないと思う。
けど……演目論争の終着点が、全く見えない。
現状としては、ロミオとジュリエットなどといった王道系派閥、音楽ができる人が多いといった理由でのミュージカル派閥、どっちでもいいか迷っている中立派閥に分かれている。
僕は中立派閥でどっちの肩を持つなんて事はしないけど、できる事ならもうそろそろ決めてほしい。
明日の昼休が提出締め切りになっていて、うちの学校は主催の生徒会に提出する前に担任と学年主任に確認してもらわないといけない。つまり今日の放課後には最低でも担任には確認してもらいたい。
「これじゃあ埒が明かねぇな……おい真島! 真島が決めてくれよ!」
「え……?」
「真島が責任者なんだから、もう決めちゃってくれないか? ずっと言い合うのは真島的にもよくねぇだろうし、真島が決めた事なら誰も文句言わねぇと思うからさ。」
不意に名前を呼ばれたと思ったら、いきなり背負わされた決定権。いや、筋は通ってるから納得はできるけど……僕にこんな重大な事を決めるなんて、できやしない。
一気に頭が真っ白になり、『どうしよう』が何度も何度も塗られていく。白だったのに黒くなり、頭が痛くなってきた。
助けを求めようと周りを見るも、全員が僕に判断を委ねているようだった。
そして、早く早くと急かされているように感じる。
彼は、僕の決めた事だったら誰も何も言わないと言ってくれたけど。
……そんな事、あるわけないじゃないか。
「ぼ、僕は……――」
ざわめきが逃げていく、夕暮れに染まる教室に静寂が訪れた。
決定権を渡された僕はやっぱり、決める事ができなかった。
『きょ、今日の夜に、決めるので……もう少しだけ、考えさせてください。』
真っ黒く染まった思考で出した結論は、僕が好む先延ばし。
今日の夜じゃ間に合わないだろ……っ、何を考えてたんだ僕は……。
苦い後悔が逆流してきた胃液のようにやってきて、苦しくて辛くて何よりも気持ち悪くて嘔吐いた。
目の前が次第に暗くなっていく。誰かに少しでもいいから、助けてほしいと考えてしまう。
そんな不甲斐ない自分に対して、あまりにも悔しくて歯を食いしばった。
……僕は、どんな結論を出せば。
「あれっ、凪君? 机に突っ伏してどうしたの?」
もう何も、考えたくないな。
やっとそう思えたと同時に僕の元に現れたのは、学年きってのムードメーカー……神楽宮君。
何で神楽宮君が、と不思議に感じてただ無視を決め込む。
けども彼は気にせずやってきたようで、僕の前の席の椅子を引いた。
「凪君久しぶり。責任者説明会の時以来会ってなかったから、大体二週間ぶりくらいかな?」
何事もないかのように話しだす神楽宮君は、声色からもあっけらかんとしているのが伝わる。
それでも僕は聞こえていないふりをして、わざと答えなかった。
「元気にしてた? 俺はねー、今日ぜんっぜんダメでさ。現国の漢字抜き打ちテストあったんだけど、ぜーんぶ分かんなかったんだよね~。だから先生から、もっと勉強しときなさい!って言われちゃった。」
これは一体何なんだろう。神楽宮君なりの気遣いで、あえて僕に話題を振ってこないようにしているんだろうか。
神楽宮君の思考が読めなくて、考えないほうが正解なんじゃないかと思い始めた。
「でね、あとはー……やっと今日ステージショーの企画書書けたんだよね、遅いと思わない? 俺のクラスは女装男装ファッションショーやるんだけど、タイムテーブルが一切決まらなくてさっき決まったんだよ~。凪君はもう生徒会に出しに行った? まだだったら一緒に行かな――」
「まだ、僕のクラスのは出せないんです。」
「え?」
「まだ……概要が、決まってない……から。」
言葉を交わすつもりなんてなかったのに、つい言葉が勝手に漏れ出した。
え、と呆気にとられたような声が聞こえる。神楽宮君が、きっと呆れているんだ。
そう理解するのには時間がかからなくて、なんとも形容詞難い苦い感情が泥のようにぬかるんでやってきた。
「概要が決まってないって……」
「演劇をするってところまでは決まってる、んですけど……細かいところが全然詰めれて、なくて……。」
情けなさからなのか、出てくる言葉一つひとつが頼りない。
僕にクラスメイトたちを動かせる力なんてない。でも、自分で決断する勇気もない。
……神楽宮君は、なんて思ってるのかな。まだ初歩中の初歩なのにできてないんだ、もっとできてると思ったって思ってるかもしれない。
神楽宮君の反応を知りたくなくて、俯いたまま膝の上の拳を握る。
そうした時、「そっか……。」と同情のような言葉を言われたのが分かった。
その言葉が少しだけ胸に刺さって、痛みを覆い隠すように必死な言葉を吐く。
「こんな責任者、頼りないですよね……責任者決めの時も、どうしてって言われたし。僕だって何で僕なんだろうって不思議だし、こういうの全然できないからクラスのみんなをがっかりさせてばかりで……、こんなのダメだって、ちゃんと分かってるけど……」
段々と声が震えてきた。喉が締まって息がしづらくなって、自分の不甲斐なさに目を背けたくなる。
何もかもから目を瞑って知らないフリをしていたい――。
そう、思ってしまった瞬間の事だった。
「凪君って、頑張り屋さんなんだね。」
「……、え?」
静寂ばかりが広がっていた空間が、パリンと綺麗に割れた。
あまりにも予想していなかった返答に驚きと動揺ばかりが膨らんで、自分でも分かるくらい瞳を大きく見開く。
そして湧き上がってきたのは……不審感だった。
彼は、一体何を言ってるんだろう。
「頑張り、屋さん……だなんて、全然そんな事……」
「凪君自身は確かにそう思うかもしれないけど、凪君の話聞いてると頑張ってるんだなって分かるよ。頑張ってるからこそ、もっともっとって思っちゃってるだけなんだと思うよ。」
反射的に顔を上げると、まっすぐな澄んだ眼差しが交わった。
その事に一瞬ドキッと驚いてしまって、すぐに逸らす。
ただのお世辞だって、社交辞令だって、神楽宮君なりの気遣いだって、分かってる。
分かってるけど……人からそうやって言われるのはくすぐったくて、ちょっとだけ嬉しくなった。
僕なんかにでも周りと変わらない、優しい言葉をかけてくれる事に。
「だから凪君はもっと自信を持って! ていうか、俺のほうが全然責任者としての責務果たせてないから大丈夫! 俺が進行した時とかさー、みんな文化祭に浮かれすぎててなかなか話聞いてくれなかったんだよー! それでいろいろ決めるのも遅れたし、担任もわくわくしてるからもう大変でさ! しかも、みーんなやりたい事がバラバラで収集なんてつかなくって……なんとかなったからいいんだけど、責任者ってこんな大変なの?って思っちゃったよね。」
「…………ふふっ。」
「あ、凪君笑ったでしょ。絶対うちのクラス浮かれてる奴多すぎって思ったでしょー!」
「……お、思って、ない……。」
「それ思ってる感じじゃん!」
……あぁ、面白いなぁ。
久々にそう感じて、笑うつもりなんてなかったのに耐えきれなくなって吹き出してしまった。
それを見た目の前の神楽宮君は、僕の机に頬杖をついて今度は目を細めて柔らかく微笑んだ。
「やっと笑ったね、凪君。」
「……神楽宮君のせい、です。」
「それはよかった。この前説明会で会った時も机に突っ伏してた時も、凪君辛そうだったから笑ってくれて嬉しい。凪君には困り顔より、笑顔のほうが似合ってるよっ。」
「……、そうですか。」
「あっ、凪君敬語なんていらないよ! 俺たち友達だし!」
「え……?」
“友達”という単語に、びっくりして呆気に取られてしまう。
おそらく神楽宮君にとっては何の変哲もない話題で、誰とでもしているのであろう会話。その根拠に神楽宮君は『何か変な事でも言ったかな?』というように、にこっと笑っている。
けど僕は……違うから。
友達だと誰かに言われた記憶も遠ければ、そんな縁とは関わりがなかった。
「ともだち……。」
「うんっ。それに同い年だし、敬語なしのほうが俺的には嬉しいかも! どうかな、凪君。」
窓ガラスを経た夕日を纏い、キラキラ輝く綺麗な視線が僕に向けられる。
無理強いはしないけど、できれば要望に応えてほしい。そんな気遣いが、相手の気持ちに疎い僕でもなんとなく分かった。
……きっと、誰にでも彼はこうなんだ。僕だけじゃない、彼に憧れて慕う人間はたくさんいるだろう。
「……僕なんかと友達で、いいの?」
「“なんか”じゃないよ! 凪君と友達になりたいから言ってるんだし、そもそも仲良くなりたくない人には自分から話しかけにすら行かないし。というかこうやって話してる時点で友達! 異論は認めませんっ。」
――言うなれば、曇天の中でも光り輝く照らす太陽。誰にでも分け隔てない、暖かい人だ。
そして、いつでも前向きな……ポジティブなコミュ強。
僕と正反対のような人がそう言ってくるなんて思ってもなかったし、一生関わっていかないとも思っていた。
でも、"友達”だと言ってくれるなら僕は……。
「……あり、がとう。」
君の、友達の一人になりたい……と思う。