あまりの急な指名に、反応が二拍遅れた。このタイミングでよりにもよって僕が名前を呼ばれるなんて、誰も予想していなかったはずだ。
強いて言えば副委員長、のみだろう。
「おい一条、どうして真島なんだよ。」
「そうだよ一条君、候補だったら他にも――……」
「だったら君たちがしてくれるの、責任者。」
そう一喝されると、途端に蛇に睨まれた蛙のように大人しくなった野次たち。
やりたくないのはみんな同じか……まぁやりたかったらさっきの立候補で手を挙げるだろうし。
でもやりたくないのは僕だってそう。推薦されたとしても、避けられるんだったら避けて逃げたい。
そう考えて少しばかり抗議しようと口を開きかけたけど……声が出なかった。
もしここで断ってしまえば、明らかに空気が悪くなってしまうだろう。クラスメイトたちからも『何あいつ』と思われる事間違いない。
しかも相手は王子と揶揄される副委員長。断る図々しさなんて、全く持ち合わせていない。
別に嫌われるのはいい。元々敬遠されているのは知ってるし今更だろう。
なのにどうしてか、これ以上嫌われる事を怖いと思っている自分がいる。
……こういうのを、優柔不断って言うんだろうな。
「真島君、頼んでもいいかな。ステージショー責任者。」
クラスメイトが完全に静かになったのを見計らって、改めて尋ねてくる副委員長。
その視線の中には一縷の期待と不安が織り交ぜられているように見えて、同時に僕を試しているようなものにも感じた。
……体裁なんて、どうでもいいはずなのに。
「分かり、ました……。」
どうして僕は、今日も自分を殺してしまうんだろうか。
「ごめんね真島君、いきなりあんな事言って。」
全ての係が副委員長の指名で決まった後、一人になったタイミングで声をかけられた。
もちろんその声の主は副委員長の申し訳なさそうな声で、僕はビクッと肩を揺らしてしまう。
「……別に、大丈夫ですから気にしないでください。」
咄嗟に出てくるのはやはり自衛の為の嘘で、比例して視線も足下に落ちる。
こんな事思ってるはずがない。辞退できるもんなら辞退したいくらいなのに。
投げやりに吐き捨てると副委員長は何を思っているのか距離を詰めてきて、まだ明るい空模様に照らされつつ眉の端を下げた。
「遠慮して嘘吐いてるの、分かるよ。勝手に指名されて本当は嫌だったでしょ?」
「……ならどうして、僕なんかをわざわざ推薦したんですか。」
自分でも予想していなかった、冷たい言い方。けど訂正する気なんてさらさらない。
突っかかるような言葉は副会長には効かない様子。
逆に『やっと言ってくれた』と言うように頬を綻ばせ、僕の目の前の机に手を置いた。
「君なら……やり遂げてくれると思ったから、かな。」
「どういう意味ですか。」
「だって真島君、頑張り屋さんだから。」
……答えになっていないような気がする。
何が“やり遂げてくれる”だ、何が“頑張り屋”だ。僕はそんな言葉たちとは縁遠い。
冗談やお世辞はやめてほしいと思い、独り言を零す。
――どうせ、僕が断らないと踏んで推薦したんだろ。
「そんなあくどい考えをして、君を推薦したんじゃないけどな。」
「っ……、何で……」
「生憎、俺は耳がいいもので。聞かれたくない事だったかもしれないけど、そうじゃないから反論させてほしかったんだ。」
どうやら無意識に口に出していたらしい、本音を聞かれて思わず顔をしかめる。
でも、わざわざ言う手間が省けた。
少なからずこう思っているのは事実だし、言われっぱなしは癪だから。
周りに副委員長以外がいない事を確認してから、閉ざしかけた口を無理やり動かした。
「僕は……リーダーシップなんてないし、クラスメイト全員を動かせる力なんてない、です。僕なんかが発言したところで、反感を買うだろうし誰も言う事なんか聞いてくれないですよ。」
我ながら悲しい事を言ってる自覚はある。けれども、分かりきっている事を予測して何が悪い。
クラスのムード―メーカーや発言力のある人に頼むのならまだしも、何故わざわざ僕みたいな最下層にいる男を選んだのか。
社交性がある人の考えは、分からない。
「……僕には、そんな大役務まりません。」
「そうかな? 俺はそうは思わないけど。」
「どうしてそう言い切れるんですか。」
「俺、ずっと真島君はこういうの頑張ってくれるって知ってるから。」
「……何を根拠に――」
「真島君はさ、やる事全部丁寧にやってきちんと終わらせてくれるからだよ。」
それこそ何を根拠に言ってるんだろうか、と訝しむ。
でも今度は僕の意見を聞く気はないらしく、先に言葉が聞こえた。
「副委員長だと何かと雑用を任される事も多いんだよ、課題の提出だったり先生の伝言だったりね。その時にいろいろ聞いてるんだ、『真島君は勉強や自分の仕事をきちんとしていて、人一倍ひたむきに努力してる』って。」
「そんなの……ただの偶像にすぎません。僕は言われるほど、何もやってないです。」
「そこまで認めたくないの?」
認めたくないっていうか……それはきっと、誇張表現だろうから。
傍からは努力しているように見えているのかもしれないけど、僕はいつも置いていかれないようにやっているだけ。人並みの事しかしていない。
僕が頑張っているんだって言うなら、他の人のほうがより頑張っていると言えるだろう。
間違いなく、僕は言われるほど頑張れる人間じゃない。期待されても困る。
「……すみません、もう帰ります。」
僕なんかが話を遮るのはおこがましいと思ったけど、デリケートなところには触れてほしくない。
断りの言葉を入れて、鞄を持って副委員長の横を通り過ぎる。
副委員長がどんな気持ちで、どんな顔をしてこちらを見ているかは全く分からない。
分かりたくもない。
突発的に学校を出てから、約15分後。
僕は家の近くにあるひっそりと寂れた公園のベンチで頭を抱えていた。
理由なんて一つ、さっきの副委員長との出来事だ。
……あんな楯突くような事言うつもりじゃなかったのに。
あそこまで強気に言えた自分に嫌悪感を抱き、背負いきれないため息を吐く。
やっぱり誰かと関わるなんて苦手だ。縦社会も苦手だ。
ヒエラルキーとかカーストも、それに囚われている僕も嫌いだ。あまりにも立派な自己嫌悪すぎる。
「でも、言えてよかったのかな……。」
逆に考えれば、自分の意見を真っ向から主張できた事になる。それはきっといい事なんだ。
頭ではそう言い聞かせようとするのに、感情は絶対に受け付けてくれない。肯定的に捉えてはくれない。
それか、意地張らないで断れば……いや、それができてたら今後悔してないか。
考えてもどうにもならない事ばかりが脳内を駆け巡る。
僕はいつもこうだ。言ってしまった時こそいいものの、後になって嫌気が差す。
だから毎夜一人反省会ばかりしていて、次に生かそうとするもできない。本当に馬鹿らしいと思う。
……どこからか、18時を知らせる"夕焼け小焼け”が流れてくる。
その音を聞いた小学生たちは鬼ごっこをやめて、バイバイと言い合いながら各々家に帰っていく。
なんて事のない光景が、少しだけ羨ましく見えた。
僕にはあんな感じで遊んだ事なんて、なかったから。
「……、帰ろうかな。」
どうせ家に帰っても一人だし、さっさと帰って明日に備えたほうが身の為だろう。
相変わらず空は晴れている、僕の心とは大違いだ。
恨めしいほど清々しい天気は、まるで僕を嘲笑っているかのようだった。
強いて言えば副委員長、のみだろう。
「おい一条、どうして真島なんだよ。」
「そうだよ一条君、候補だったら他にも――……」
「だったら君たちがしてくれるの、責任者。」
そう一喝されると、途端に蛇に睨まれた蛙のように大人しくなった野次たち。
やりたくないのはみんな同じか……まぁやりたかったらさっきの立候補で手を挙げるだろうし。
でもやりたくないのは僕だってそう。推薦されたとしても、避けられるんだったら避けて逃げたい。
そう考えて少しばかり抗議しようと口を開きかけたけど……声が出なかった。
もしここで断ってしまえば、明らかに空気が悪くなってしまうだろう。クラスメイトたちからも『何あいつ』と思われる事間違いない。
しかも相手は王子と揶揄される副委員長。断る図々しさなんて、全く持ち合わせていない。
別に嫌われるのはいい。元々敬遠されているのは知ってるし今更だろう。
なのにどうしてか、これ以上嫌われる事を怖いと思っている自分がいる。
……こういうのを、優柔不断って言うんだろうな。
「真島君、頼んでもいいかな。ステージショー責任者。」
クラスメイトが完全に静かになったのを見計らって、改めて尋ねてくる副委員長。
その視線の中には一縷の期待と不安が織り交ぜられているように見えて、同時に僕を試しているようなものにも感じた。
……体裁なんて、どうでもいいはずなのに。
「分かり、ました……。」
どうして僕は、今日も自分を殺してしまうんだろうか。
「ごめんね真島君、いきなりあんな事言って。」
全ての係が副委員長の指名で決まった後、一人になったタイミングで声をかけられた。
もちろんその声の主は副委員長の申し訳なさそうな声で、僕はビクッと肩を揺らしてしまう。
「……別に、大丈夫ですから気にしないでください。」
咄嗟に出てくるのはやはり自衛の為の嘘で、比例して視線も足下に落ちる。
こんな事思ってるはずがない。辞退できるもんなら辞退したいくらいなのに。
投げやりに吐き捨てると副委員長は何を思っているのか距離を詰めてきて、まだ明るい空模様に照らされつつ眉の端を下げた。
「遠慮して嘘吐いてるの、分かるよ。勝手に指名されて本当は嫌だったでしょ?」
「……ならどうして、僕なんかをわざわざ推薦したんですか。」
自分でも予想していなかった、冷たい言い方。けど訂正する気なんてさらさらない。
突っかかるような言葉は副会長には効かない様子。
逆に『やっと言ってくれた』と言うように頬を綻ばせ、僕の目の前の机に手を置いた。
「君なら……やり遂げてくれると思ったから、かな。」
「どういう意味ですか。」
「だって真島君、頑張り屋さんだから。」
……答えになっていないような気がする。
何が“やり遂げてくれる”だ、何が“頑張り屋”だ。僕はそんな言葉たちとは縁遠い。
冗談やお世辞はやめてほしいと思い、独り言を零す。
――どうせ、僕が断らないと踏んで推薦したんだろ。
「そんなあくどい考えをして、君を推薦したんじゃないけどな。」
「っ……、何で……」
「生憎、俺は耳がいいもので。聞かれたくない事だったかもしれないけど、そうじゃないから反論させてほしかったんだ。」
どうやら無意識に口に出していたらしい、本音を聞かれて思わず顔をしかめる。
でも、わざわざ言う手間が省けた。
少なからずこう思っているのは事実だし、言われっぱなしは癪だから。
周りに副委員長以外がいない事を確認してから、閉ざしかけた口を無理やり動かした。
「僕は……リーダーシップなんてないし、クラスメイト全員を動かせる力なんてない、です。僕なんかが発言したところで、反感を買うだろうし誰も言う事なんか聞いてくれないですよ。」
我ながら悲しい事を言ってる自覚はある。けれども、分かりきっている事を予測して何が悪い。
クラスのムード―メーカーや発言力のある人に頼むのならまだしも、何故わざわざ僕みたいな最下層にいる男を選んだのか。
社交性がある人の考えは、分からない。
「……僕には、そんな大役務まりません。」
「そうかな? 俺はそうは思わないけど。」
「どうしてそう言い切れるんですか。」
「俺、ずっと真島君はこういうの頑張ってくれるって知ってるから。」
「……何を根拠に――」
「真島君はさ、やる事全部丁寧にやってきちんと終わらせてくれるからだよ。」
それこそ何を根拠に言ってるんだろうか、と訝しむ。
でも今度は僕の意見を聞く気はないらしく、先に言葉が聞こえた。
「副委員長だと何かと雑用を任される事も多いんだよ、課題の提出だったり先生の伝言だったりね。その時にいろいろ聞いてるんだ、『真島君は勉強や自分の仕事をきちんとしていて、人一倍ひたむきに努力してる』って。」
「そんなの……ただの偶像にすぎません。僕は言われるほど、何もやってないです。」
「そこまで認めたくないの?」
認めたくないっていうか……それはきっと、誇張表現だろうから。
傍からは努力しているように見えているのかもしれないけど、僕はいつも置いていかれないようにやっているだけ。人並みの事しかしていない。
僕が頑張っているんだって言うなら、他の人のほうがより頑張っていると言えるだろう。
間違いなく、僕は言われるほど頑張れる人間じゃない。期待されても困る。
「……すみません、もう帰ります。」
僕なんかが話を遮るのはおこがましいと思ったけど、デリケートなところには触れてほしくない。
断りの言葉を入れて、鞄を持って副委員長の横を通り過ぎる。
副委員長がどんな気持ちで、どんな顔をしてこちらを見ているかは全く分からない。
分かりたくもない。
突発的に学校を出てから、約15分後。
僕は家の近くにあるひっそりと寂れた公園のベンチで頭を抱えていた。
理由なんて一つ、さっきの副委員長との出来事だ。
……あんな楯突くような事言うつもりじゃなかったのに。
あそこまで強気に言えた自分に嫌悪感を抱き、背負いきれないため息を吐く。
やっぱり誰かと関わるなんて苦手だ。縦社会も苦手だ。
ヒエラルキーとかカーストも、それに囚われている僕も嫌いだ。あまりにも立派な自己嫌悪すぎる。
「でも、言えてよかったのかな……。」
逆に考えれば、自分の意見を真っ向から主張できた事になる。それはきっといい事なんだ。
頭ではそう言い聞かせようとするのに、感情は絶対に受け付けてくれない。肯定的に捉えてはくれない。
それか、意地張らないで断れば……いや、それができてたら今後悔してないか。
考えてもどうにもならない事ばかりが脳内を駆け巡る。
僕はいつもこうだ。言ってしまった時こそいいものの、後になって嫌気が差す。
だから毎夜一人反省会ばかりしていて、次に生かそうとするもできない。本当に馬鹿らしいと思う。
……どこからか、18時を知らせる"夕焼け小焼け”が流れてくる。
その音を聞いた小学生たちは鬼ごっこをやめて、バイバイと言い合いながら各々家に帰っていく。
なんて事のない光景が、少しだけ羨ましく見えた。
僕にはあんな感じで遊んだ事なんて、なかったから。
「……、帰ろうかな。」
どうせ家に帰っても一人だし、さっさと帰って明日に備えたほうが身の為だろう。
相変わらず空は晴れている、僕の心とは大違いだ。
恨めしいほど清々しい天気は、まるで僕を嘲笑っているかのようだった。