休み時間。ちょんちょん、と指で背中をつつかれた。振り返ると、テレビでよく見る顔がそこにある。綺麗な顔だな、おい。未だに顔のよさに戸惑うことがあるが、なんとか平静を装って、目で続きを促す。
「ノート、見せてほしい」
「おう、いいぜ。どの教科?」
「昨日の授業全部。でも、とりあえず数学と英語」
「ん。ちょっと待ってな」
机から引っ張り出した二冊のノートを渡すと、月城は早速パラパラとめくった。昨日は休みだったが一昨日は登校していたため、せいぜい一~二ページ分だ。
伏せられた目を縁どる長いまつ毛が、瞬きの度に揺れた。姉ちゃんが一生懸命マスカラで伸ばしたよりも長ぇな。
シャーペンを握るなまっ白くてスラリとした指は、爪先までよく手入れされている。バスケで突き指したり乾燥して荒れ放題の俺とは大違いだ。
交換条件、とまでは言わないが、端正な顔をじっと見つめる。至福のひとときだ。
「ね、高山くん」
「んー?」
「字、綺麗だね」
「そうかぁ? 普通だと思うけど。でもサンキュな」
「ギャップ萌えってやつ?」
「あ、また遠回しに失礼なこと言ってるな?」
「……ふふ」
クールさを演出するキリッとした眉が八の字に下がった。幼いというか、可愛い笑顔。「可愛い!」と立ち上がって窓の外へ向けて叫びそうになるのをグッと堪えて、座っている椅子の背もたれに腕を、そしてあごをのせた。
体育館裏で貸したひざが余程気に入ったのか、アイドルとしての仕事が忙しくて寝不足の時は、「ひざ枕して」とねだってくるようになった。毎回ではない。本当に疲れた様子で登校してきた日の、昼休みだけ。友人と呼べるほど親しいわけではない、形容するのが難しい関係性だ。
「俺、高山くんの後ろでよかった」
「そうなの?」
「だってこのノート、すごく見やすい。ありがと」
まあ、お前に見せてって言われるシチュエーション、頭の中で想定していたからな。という真実は、自分の心の中だけに秘めておこうと思う。
月城伊織は、HoneyCrownの最年少でクール担当だと言われている。バラエティでもあまり前に出ることなく、後方で他メンバーのやりとりを楽しそうに見ているのがほとんどだ。
録画しておいたハニクラの冠番組を流していると、ふと考えることがある。
今食べたプリン、美味しかったんだろうな、とか。
あ、今日眠そうだな、とか。
最近、テレビの向こうの月城のことを、無意識に目で追ってしまう。
俺の最推しは月城ではない。夏目薫くんだ。ハニクラのメインボーカルで、抜けるようなハイトーンボイスを得意とし、月城とは正反対ともいえるカワイイ系のアイドルだ。まあ、月城も結構可愛いとは思うけれど……って、いやいや、月城はカッコイイだろ。本人もそっちで売ってるんだろうし。
クラスでも喋るほうではない。むしろめちゃくちゃ無口で、近寄り難い存在だと思う。俺だってひざを貸さなければ、苗字が高山と月城じゃなければ、会話をする機会なんてなかっただろう。
授業が終わり、昼休みが始まるチャイムが鳴り響く。いつもは弁当やおにぎりを持って昼練へ向かうのだが、明日行われる創立記念式典の準備のため、体育館が使えない日だ。教室で食べるか。それともいつも通り部室の前で食べるか。悩みながらリュックから取りだした巾着袋を、じっと見つめる視線。
それは後ろの席――月城の淡い虹彩が発する眼力だった。
「どした?」
「……いや、なんでもない」
誤魔化しようがないくらいガン見していたのに、月城はふい、とそっぽを向いてしまった。机の横に引っ掛けていたリュックから、弁当の包みを取り出した。
意外とデカイな。細っこいのに。弁当箱の大きさにキュンとした。
「月城、一人で食ってんの?」
「……まあ、うん。みんな、もうグループ出来てたし」
「よし、一緒に食うぞ」
「え、昼練は?」
「明日、創立記念式典あるから、体育館使えねーんだよ。放課後の部活も休み」
机の向きを変えて、合体させる。驚いたように目を丸くする月城は、俺が巾着袋から弁当箱を取り出してようやく状況を理解したらしい。
「一緒に食べてくれるんだ」
「おう。俺もぼっちだし」
「じゃあ、ぼっち仲間?」
「うわ、嬉しくねえ仲間じゃねーか」
俺が笑えば、月城もニヤッと口角を上げた。
いただきます、と二人同時に手を合わせて、かぱ、とフタを開ける。俺は赤ウインナーに鶏の照り焼きに卵焼き、ブロッコリーにプチトマト。それからでっかいおにぎりが二つ。向かい側の月城は、唐揚げに卵焼きにエビフライに肉巻きアスパラ。それから白米。結構ガッツリで美味そうだった。
「意外と食うんだな、お前」
「少食に見えるってよく言われる」
「細いしなぁ」
「そうでもないよ。高山くんからしたら、ヒョロがりかもしれないけど」
「まあ、俺は育ててるから。筋肉」
「俺も鍛えようかな。高山くんくらい」
月城は随分と上機嫌な様子で箸をとった。
「事務所に怒らんねえの?」
「絶対怒られる。衣装入らないだろって」
一人だけパツパツの衣装を着て踊る月城は見たくない。でも、想像して笑ってしまった。
気を取り直しておにぎりにかぶりつく。シンプルな梅おにぎり、やっぱり美味いな。
「ねえ、高山くん」
「ん?」
「俺、学校でこうやって誰かとお弁当食べるの、はじめて」
「そか。どう? 楽しい?」
「うん」
首肯して、肉巻きアスパラをぱくっと頬張る。満面の笑み、みたいに大きく表情が変わるわけではないが、嬉しそうなのは伝わってきた。一匹狼っぽい雰囲気をまとっているけど、こういうの好きなのか。
「じゃあ、ともだちっぽくおかず交換でもしてみる?」
「えっ」
あ、さすがに図々しかったかも。嫌がられたら、アイドルオタクとしてかなりヘコむ。
「いや、もちろん嫌だったら全然――」
「いいの?」
昼下がりの日差しが、月城の目をキラキラと輝かせる。俺の提案は、間違いじゃなかったようだ。
「もちろんいいよ。どれがいい?」
「俺、赤ウインナーがいい。実は食べたことなくてさ」
「マジ?」
「マジ。憧れてたんだよね」
弁当箱を差し出すと、失礼します、と赤ウインナーが旅立っていった。
「高山くんはどれがいい?」
「ぜんぶ美味そうで悩むな。どれがオススメ?」
「オススメは唐揚げ。母さんの唐揚げ、すごく美味いよ」
「じゃあ、唐揚げもらっていい?」
月城家の唐揚げは、生姜が効いていてすごく美味かった。月城も初めての赤ウインナーがお気に召したのか、ご満悦だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。再び同時に手を合わせてごちそうさまの挨拶をすると、月城が俺を呼び止めた。
「高山くん、あのさ」
「んー?」
「おかず交換したからさ、俺たちってともだち、だよね?」
「おう、そうだな」
ともだち。ともだちか。おかず交換がその証明ってわけではないが、改めて言葉にすると、少し照れくさい。
「じゃあ、俺のこと月城じゃなくて、伊織って呼んでよ」
「伊織」
「うん。下の名前」
それは知ってるけれど、恐れ多いんだよ。だって俺、ハニクラ推しのアイドルオタク(非公開)だぞ?
でも、月城の言うとおりかもしれない。これだけ関わっておいてともだちじゃないなんて薄情だし、伊織って呼んだほうが親近感がわく。
「んじゃ、俺のことも呼べよな。俺の下の名前、敦士だから」
「うん、知ってる。あっちゃんって呼んでいい?」
「あっちゃん!?」
驚きのあまり、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。いきなりニックネームかい。刺激が強くないか。
俺の反応が思ったものではなかったのだろう。伊織の顔がわずかに強張る。
「……嫌、だった?」
「いや、全然嫌じゃない。びっくりしただけ。いいぜ、あっちゃんな」
「……へへ、やったぁ」
「伊織」
「なに?」
「呼んだだけ。伊織っていい名前だな。綺麗な響きだ。すごく似合ってる」
転校してきた初日は、芸名みたいな綺麗さだと思ったけれど。今は伊織に似合う素敵な名前だと思う。
「っ……」
「え、何でそんな赤くなるんだよ」
俺はただ、本心を言っただけなのに。伊織は耳の先まで赤く染めて、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。指のすき間から、潤んだ瞳がうらめしそうに俺を睨めつけてくる。
「……あっちゃんの人たらし」
「それは悪口か!?」
「ちがう、褒め言葉」
「分かりにくいわ」
「ね、あっちゃん」
「おう」
「よ、呼んだだけー……」
ああもう、可愛いな!
「ノート、見せてほしい」
「おう、いいぜ。どの教科?」
「昨日の授業全部。でも、とりあえず数学と英語」
「ん。ちょっと待ってな」
机から引っ張り出した二冊のノートを渡すと、月城は早速パラパラとめくった。昨日は休みだったが一昨日は登校していたため、せいぜい一~二ページ分だ。
伏せられた目を縁どる長いまつ毛が、瞬きの度に揺れた。姉ちゃんが一生懸命マスカラで伸ばしたよりも長ぇな。
シャーペンを握るなまっ白くてスラリとした指は、爪先までよく手入れされている。バスケで突き指したり乾燥して荒れ放題の俺とは大違いだ。
交換条件、とまでは言わないが、端正な顔をじっと見つめる。至福のひとときだ。
「ね、高山くん」
「んー?」
「字、綺麗だね」
「そうかぁ? 普通だと思うけど。でもサンキュな」
「ギャップ萌えってやつ?」
「あ、また遠回しに失礼なこと言ってるな?」
「……ふふ」
クールさを演出するキリッとした眉が八の字に下がった。幼いというか、可愛い笑顔。「可愛い!」と立ち上がって窓の外へ向けて叫びそうになるのをグッと堪えて、座っている椅子の背もたれに腕を、そしてあごをのせた。
体育館裏で貸したひざが余程気に入ったのか、アイドルとしての仕事が忙しくて寝不足の時は、「ひざ枕して」とねだってくるようになった。毎回ではない。本当に疲れた様子で登校してきた日の、昼休みだけ。友人と呼べるほど親しいわけではない、形容するのが難しい関係性だ。
「俺、高山くんの後ろでよかった」
「そうなの?」
「だってこのノート、すごく見やすい。ありがと」
まあ、お前に見せてって言われるシチュエーション、頭の中で想定していたからな。という真実は、自分の心の中だけに秘めておこうと思う。
月城伊織は、HoneyCrownの最年少でクール担当だと言われている。バラエティでもあまり前に出ることなく、後方で他メンバーのやりとりを楽しそうに見ているのがほとんどだ。
録画しておいたハニクラの冠番組を流していると、ふと考えることがある。
今食べたプリン、美味しかったんだろうな、とか。
あ、今日眠そうだな、とか。
最近、テレビの向こうの月城のことを、無意識に目で追ってしまう。
俺の最推しは月城ではない。夏目薫くんだ。ハニクラのメインボーカルで、抜けるようなハイトーンボイスを得意とし、月城とは正反対ともいえるカワイイ系のアイドルだ。まあ、月城も結構可愛いとは思うけれど……って、いやいや、月城はカッコイイだろ。本人もそっちで売ってるんだろうし。
クラスでも喋るほうではない。むしろめちゃくちゃ無口で、近寄り難い存在だと思う。俺だってひざを貸さなければ、苗字が高山と月城じゃなければ、会話をする機会なんてなかっただろう。
授業が終わり、昼休みが始まるチャイムが鳴り響く。いつもは弁当やおにぎりを持って昼練へ向かうのだが、明日行われる創立記念式典の準備のため、体育館が使えない日だ。教室で食べるか。それともいつも通り部室の前で食べるか。悩みながらリュックから取りだした巾着袋を、じっと見つめる視線。
それは後ろの席――月城の淡い虹彩が発する眼力だった。
「どした?」
「……いや、なんでもない」
誤魔化しようがないくらいガン見していたのに、月城はふい、とそっぽを向いてしまった。机の横に引っ掛けていたリュックから、弁当の包みを取り出した。
意外とデカイな。細っこいのに。弁当箱の大きさにキュンとした。
「月城、一人で食ってんの?」
「……まあ、うん。みんな、もうグループ出来てたし」
「よし、一緒に食うぞ」
「え、昼練は?」
「明日、創立記念式典あるから、体育館使えねーんだよ。放課後の部活も休み」
机の向きを変えて、合体させる。驚いたように目を丸くする月城は、俺が巾着袋から弁当箱を取り出してようやく状況を理解したらしい。
「一緒に食べてくれるんだ」
「おう。俺もぼっちだし」
「じゃあ、ぼっち仲間?」
「うわ、嬉しくねえ仲間じゃねーか」
俺が笑えば、月城もニヤッと口角を上げた。
いただきます、と二人同時に手を合わせて、かぱ、とフタを開ける。俺は赤ウインナーに鶏の照り焼きに卵焼き、ブロッコリーにプチトマト。それからでっかいおにぎりが二つ。向かい側の月城は、唐揚げに卵焼きにエビフライに肉巻きアスパラ。それから白米。結構ガッツリで美味そうだった。
「意外と食うんだな、お前」
「少食に見えるってよく言われる」
「細いしなぁ」
「そうでもないよ。高山くんからしたら、ヒョロがりかもしれないけど」
「まあ、俺は育ててるから。筋肉」
「俺も鍛えようかな。高山くんくらい」
月城は随分と上機嫌な様子で箸をとった。
「事務所に怒らんねえの?」
「絶対怒られる。衣装入らないだろって」
一人だけパツパツの衣装を着て踊る月城は見たくない。でも、想像して笑ってしまった。
気を取り直しておにぎりにかぶりつく。シンプルな梅おにぎり、やっぱり美味いな。
「ねえ、高山くん」
「ん?」
「俺、学校でこうやって誰かとお弁当食べるの、はじめて」
「そか。どう? 楽しい?」
「うん」
首肯して、肉巻きアスパラをぱくっと頬張る。満面の笑み、みたいに大きく表情が変わるわけではないが、嬉しそうなのは伝わってきた。一匹狼っぽい雰囲気をまとっているけど、こういうの好きなのか。
「じゃあ、ともだちっぽくおかず交換でもしてみる?」
「えっ」
あ、さすがに図々しかったかも。嫌がられたら、アイドルオタクとしてかなりヘコむ。
「いや、もちろん嫌だったら全然――」
「いいの?」
昼下がりの日差しが、月城の目をキラキラと輝かせる。俺の提案は、間違いじゃなかったようだ。
「もちろんいいよ。どれがいい?」
「俺、赤ウインナーがいい。実は食べたことなくてさ」
「マジ?」
「マジ。憧れてたんだよね」
弁当箱を差し出すと、失礼します、と赤ウインナーが旅立っていった。
「高山くんはどれがいい?」
「ぜんぶ美味そうで悩むな。どれがオススメ?」
「オススメは唐揚げ。母さんの唐揚げ、すごく美味いよ」
「じゃあ、唐揚げもらっていい?」
月城家の唐揚げは、生姜が効いていてすごく美味かった。月城も初めての赤ウインナーがお気に召したのか、ご満悦だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。再び同時に手を合わせてごちそうさまの挨拶をすると、月城が俺を呼び止めた。
「高山くん、あのさ」
「んー?」
「おかず交換したからさ、俺たちってともだち、だよね?」
「おう、そうだな」
ともだち。ともだちか。おかず交換がその証明ってわけではないが、改めて言葉にすると、少し照れくさい。
「じゃあ、俺のこと月城じゃなくて、伊織って呼んでよ」
「伊織」
「うん。下の名前」
それは知ってるけれど、恐れ多いんだよ。だって俺、ハニクラ推しのアイドルオタク(非公開)だぞ?
でも、月城の言うとおりかもしれない。これだけ関わっておいてともだちじゃないなんて薄情だし、伊織って呼んだほうが親近感がわく。
「んじゃ、俺のことも呼べよな。俺の下の名前、敦士だから」
「うん、知ってる。あっちゃんって呼んでいい?」
「あっちゃん!?」
驚きのあまり、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。いきなりニックネームかい。刺激が強くないか。
俺の反応が思ったものではなかったのだろう。伊織の顔がわずかに強張る。
「……嫌、だった?」
「いや、全然嫌じゃない。びっくりしただけ。いいぜ、あっちゃんな」
「……へへ、やったぁ」
「伊織」
「なに?」
「呼んだだけ。伊織っていい名前だな。綺麗な響きだ。すごく似合ってる」
転校してきた初日は、芸名みたいな綺麗さだと思ったけれど。今は伊織に似合う素敵な名前だと思う。
「っ……」
「え、何でそんな赤くなるんだよ」
俺はただ、本心を言っただけなのに。伊織は耳の先まで赤く染めて、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。指のすき間から、潤んだ瞳がうらめしそうに俺を睨めつけてくる。
「……あっちゃんの人たらし」
「それは悪口か!?」
「ちがう、褒め言葉」
「分かりにくいわ」
「ね、あっちゃん」
「おう」
「よ、呼んだだけー……」
ああもう、可愛いな!