フルーツやの前を通ると、きれいな網目模様の大きなメロンに目がとまった。しぐれが購入したというメロンだろう。朝晴のメロン好きは初耳だったが、そうでなくても買いたくなるような立派なメロンだ。

「おや、いらっしゃい。今日は休みかい?」

 奥から出てきたフルーツやのおかみさんが、にこやかに話かけてくる。

 未央の母親は笑顔でいても、どこか気の抜けない雰囲気を持っているが、おそらく彼女と同い年ぐらいであろうおかみさんには、安心できる柔和さがある。

「定休日ですよ。お夕飯の買い出しに来たんですけど、メロン、おいしそうですね」
「ああ、切り雨さんとこは水曜定休だったね。すぐに食べるなら、切り分けてあげようか?」
「いいんですか? ちょうど一個は多いかなぁって思ってたんです」
「全然いいよ。ちょっと待っててね」

 おかみさんはいくつかあるメロンの中から一つ選び取ると、店の奥へと戻っていく。

 待っている間に、種類豊富なぶどうを眺めていると、「八坂さんじゃないですか」と、後ろから声をかけられた。振り返ると、真っ白なティーシャツを着た朝晴が、自転車をかたわらに置いて立っていた。

「こんにちは。今日はお休みですか?」
「有休です。毎年、夏休みにまとめて取ってるんですよ。八坂さんは買い物ですか?」
「いま、メロンをお願いしたところなんです。おいしいですよね、ここのメロン」
「ついこの間、食べたばかりですよ。あっ、そうそう、確かその日に、妹が切り雨さんへおじゃましたみたいで」

 爽やかな笑顔のまま、朝晴は律儀にあたまをさげる。

 ときどき、何気ない会話の中で距離を縮めてこようとする彼には戸惑うが、イベントを一緒に乗り越えた仲間としての立場をわきまえた態度には好感がある。

「明るい方ですね」
「落ち着きがないだけですよ」
「おや、井沢先生もいらっしゃって」

 苦笑いする朝晴に、メロンを小分けしたパックを持ったおかみさんが声をかける。

「先日は妹がどうも」
「元気そうで安心したよ」
「体調がいいときは商店街に来るのが楽しみみたいなので、またよろしくお願いします」
「困ったことがあったら、遠慮なくね」

 世間話しながらメロンを渡してくるおかみさんに未央は代金を支払うと、朝晴とともにフルーツやをあとにする。

「フルーツやさん、優しいですね」
「商店街の人はみんな親切ですよ。八坂さんも」
「私は何も」

 恐縮すると、朝晴は首をふる。

「八坂さんが特別なことじゃないと思ってやってることは、実は特別なことなんですよ。妹の世間話にも付き合ってくれたみたいですね」
「楽しい時間でしたよ」
「話しすぎたかもって言ってましたよ。余計な話までしたんじゃないですか?」
「いいえ、全然」

 未央は足を止めると、ふしぎそうにこちらを見る朝晴を見上げる。

「先にどうぞ。どこかへ行かれる予定でしたよね」

 自転車の朝晴に歩かせて申し訳ない。そう思って言うと、彼は「ああ」とつぶやいて、自転車を指差す。

「ブレーキの調子が良くなくて、そこのバイク屋に行くところだったんですよ」

 バイク屋は切り雨の二軒手前にある。そこのことだろう。

「じゃあ、歩いてきたんですか?」
「近くに住んでるんですよ」
「そうだったんですか。ご自宅はどちらに?」
「商店街を抜けた先に図書館がありますよね。その裏手の田んぼ道をまっすぐ行ったところにあります」
「ちょっと距離ありませんか?」

 全然近くない。あきれながら、おかしそうに笑う彼とともに、ふたたび歩き出す。

「しぐれはバイクの切り絵が気に入ってるとか」
「はい。何度も見に来てくださってますよ」
「そうらしいですね。俺より先に、八坂さんと知り合ってたなんて全然知らなかったな」

 ごちるように朝晴はつぶやいたあと、未央が答えに窮してるのに気づいて、

「どうして、バイクを切り絵にしようと?」

 と、気まずげな笑みを浮かべて尋ねてきた。

「あ、それは、まだお店をオープンさせたばかりの頃だったでしょうか。バイクで旅行に来られた方が、店の前で雨宿りされたことがあったんです。あまりに絵になるお姿だったので、バイクと雨をデザインしてみようと思ったんです」
「じゃあ、モデルになったバイクはその旅行客の?」
「あっ、いいえ。似たバイクが……そう、これから行かれるバイク屋さんの入り口に、展示用のバイクがありますよね。そちらを見せていただいて、デザインしたんです」

 朝晴も思いあたったのだろう。「ああ」とうなずき、バイク屋が見えてくると、「あれですよね」とショーウィンドウに置かれたバイクに自転車を引きながら駆け寄った。