康代から預かった紙袋を下げて、吉沢らんぷを訪れると、秋也は作業台の前に座って、台座から外されたランプシェードを眺めているところだった。

「早坂さん、いらっしゃい」

 シェードを置いて笑顔を見せる秋也に、奈江は頭を下げて尋ねる。

「修理ですか?」
「ああ、これは違うんだ」
「違うんですか?」

 修理じゃなきゃ、何をしてるのだろう。興味が湧いて作業台に近づくと、秋也が立ち上がる。

「早坂さんは修理?」

 視線が紙袋に注がれるから、奈江は菓子折りを取り出す。

「伯母が、猪川さんにって。修理のお礼です」
「それはうれしいな。ありがとう」

 すんなりと受け取ってくれる。変な遠慮がないから、ホッとする。自分もこのぐらい素直になれたらいいのに、と奈江は思う。

「冷蔵庫、ありますか?」
「冷やした方がいいもの?」
「栗きんとんなんです。すぐに食べないなら、冷蔵庫に入れてくださいって」
「栗きんとんかぁ。もうすぐ3時になるね。早坂さん、一緒に食べていく?」

 掛け時計へと目を向けて、彼はそう言う。

「えっ」
「遠慮しなくていいよ。ちょうどいま、コーヒー豆もらったから、すぐに淹れるよ」

 秋也が店の奥へ行こうと背を向ける。

「私は大丈夫ですから……」

 仕事の邪魔はしたくない。引き止めようとした奈江は、レジの奥にある生成りのカーテンが揺れたのを見て、口をつぐんだ。

 秋也以外に誰かいるのだろうか。そう思ったとき、カーテンから人が出てくる。女の人だ、と奈江は緊張して言葉を失う。

「秋也くん、半分瓶に入れて……あれっ、お客さんいらしてた?」

 女の人は奈江に気づくなり、ハッと口を手で覆う。その拍子に、白い金髪から覗くロングイヤリングが揺れる。

「いや、お客さんじゃないから」

 秋也はそう答えると、奈江へと目を向ける。

「美容師の矢崎(やざき)温美さん。たまにコーヒー豆、差し入れしてくれるんだ」

 照明の人だ、と奈江はすぐに思い出す。先日、照明の調子が悪いからと、秋也に仕事を依頼した人の名前が、たしか、温美だった。

「そうそう、コーヒー豆、瓶に入れて冷蔵庫に入れておいたから」

 温美は思い出したように言うと、奈江をじろじろと眺めて、意味ありげに口角をあげる。その、意志の強い面立ちによく似合う、真っ赤な口紅に圧倒されていると、彼女は秋也の腕を小突く。 

「秋也くんの恋人?」

 秋也は様子をうかがうようにこちらを見る。そうして、さらりと答える。

「返事に困る質問は受け付けてない」
「ふーん、意味深。ま、いっか。じゃあ、また来るね」

 温美は「失礼しましたー」と、軽やかに店を出ていく。ジーンズの後ろ姿がとても綺麗で、スタイルがいい。ハキハキとしたところも小気味が良くて、奈江とは正反対だ。

 どんな関係なんだろう。付き合ってるようには見えなかったけど、別れた恋人だったりはするのだろうか。そうであったとしても違和感がないぐらい、秋也にお似合いに見えた。

 奈江がいつまでも彼女が去った扉を眺めていると、秋也が声をかけてくる。

「早坂さん、こっちにおいでよ。コーヒー淹れるから」
「えっ、こっち?」
「キッチンあるからさ」

 秋也は店の奥を指差すと、菓子折りを持ってカーテンを引く。おそるおそる中をのぞいた奈江は驚いて息を飲む。

 カーテンの奥には、キッチンというにはおしゃれすぎる空間が広がっていた。キッチンもテーブルもソファーも、すべてがダークブラウンに統一されている。部屋を柔らかに照らす照明の数々はアンティークのシャンデリアやランプだろう。

「おしゃれなカフェみたい」
「気に入った? 吉沢さんが好きなようにしていいって言うから、くつろげる部屋にしてみたんだよ」
「猪川さんのコーディネートですか?」

 そう、と彼はやや得意げにする。

 賢くてカッコよくておしゃれな彼の前で、奈江は不安になる。知れば知るほど、彼への想いは募るのに、自分はつり合うものを何も持ってないと思い知らされる。

 秋也に似合う女性になれるんだろうか。ぼんやりと考えて、頭を振る。おかしい。今までなら、似合う女性にはなれないから、好きになったらいけないんだと思っていたし、そもそも、お付き合いしたいなんて考えたりもしなかったのに。

「温美が持ってきたコーヒー、商店街で売ってるんだよ。香りも味も抜群だから、飲んでみてよ」
「よく買ってきてくれるんですか?」
「ついでにね」

 冷蔵庫からコーヒー豆の入った瓶を取り出した秋也は、コーヒーメーカーの置かれたカウンターに移動する。サイフォンで淹れてくれるみたい。本格的だ。