あいつ……?

 誰だろう。尋ねていいものかと考えあぐねていると、うなだれる秋也が傷ましげに声を絞りだす。

「俺に関わるやつは、みんな死ぬんだ。両親も遥希も……あいつだって」

 だから、秋也は自分を悪魔だと思っているのか。みんなだなんて、そんなはずはないのに。不幸が続くことはあったのかもしれないけれど、それは彼に関わったからじゃない。

 ひざの上で握られる秋也のこぶしを見つめる。手を重ねて、大丈夫だって、そう言ってあげたいと思ったけれど、彼の何を知ってるわけでもないのに、大丈夫だなんて言葉を軽々しくかける勇気もなかった。

 ただ静かに見守っていると、秋也がこちらへ笑顔を向けてくる。

「早坂さんは、生身の人間が苦手?」
「突然、なんですか?」

 きょとんとしてしまう。

「EARS.使ってるって言うし、そんな感じがするから」
「……そうですね。どっちかというと苦手かもしれないです」

 正直に答えると、秋也が横髪にそっと触れてくる。そうしてないと落ち着かないのだろう。そんなふうに思って、奈江はどうということもないと受け入れる。

「繊細だよね、早坂さんって」

 奈江がどう答えたらいいかわからずに黙っていると、さらに聞いてくる。

「何かあるの?」
「……性格だと思います」

 そう答えると、彼はうっすらと笑った。

 こんな性格になった理由を知りたかったのだろう。だけれど、そんなことはうまく答えられない。

「じゃあ、デートの誘いになかなか返事くれないのも、性格のせい?」

 秋也の求めている答えが見えない。何を言えば、彼が満足するのかわからないから、奈江は戸惑う。

 秋也はこちらをじっと見つめてくる。言えない何かを訴えている。それが何かわからないし、どう受け止めたらいいかもわからない。

 目をそらすと、彼はパッと手を離し、回り込んで目を合わせてくる。

「それとも、好きな男がいるから?」

 奈江は驚いて、まばたきをした。煮え切らない態度が、彼の目にはそんなふうに映っていたのだろうか。

「遥希が、好きだった?」

 それは小さな声だった。喧騒にかき消されてしまいそうなほどの。しかし、奈江の心に刻まれた言葉は、けっしてかき消されたりはしない。

「環生くんを見る目……。なんか、そうかなって感じがしたよ」

 頼りなげに彼はつぶやく。奈江の心の中をのぞこうとした自分を情けなく思っているみたいだった。

 奈江は心の中で、違うと否定する。淡い恋心は昔のことだ。今、心にいるのは秋也だけだ。それを告げなきゃいけない。

 いつもは優柔不断なのに、どうしてか、言わなきゃいけないという焦燥感にかられて、きっぱりと言う。

「勘違いです」
「違うの?」
「遥希さんが好きだったら、猪川さんとこうして一緒になんていません」

 秋也がどう受け取ったかはわからない。あいまいな笑みを浮かべた彼は、おもむろにフロアガイドを開く。

「指輪、見に行かないか?」
「指輪ですか?」

 また、唐突に言うのだから、拍子抜けする。奈江の心が追いつかない。

「早坂さんがどんなデザインを好むのか知りたいんだ」
「私ですか? 猪川さんの指輪を見るんじゃなくて?」

 考えてみれば、彼がアクセサリーをつけているところは見たことがない。

「違うよ」

 秋也はおかしそうに目を細めると、優しい眼差しをする。

「いつか、プレゼントしたいって思ってるから」
「プレゼントって、そんな」

 秋也はすぐにプレゼントしたがる。そういうのは、特別な人にしてあげてほしいと思う。少なくとも自分は、特別な人からしか受け取れない。

「ほら、すぐに遠慮する。だからさ、無理強いはしないよ。自然と受け取ってもらえるような関係になれたら、プレゼントするから」

 つまり、それって……。

 奈江はほんの少し、ほおが熱くなるのを感じた。そんなはずない。勘違い。いつもの悪いくせだ。

「い、行きましょうか」

 けっして、人を先導するのが得意ではない奈江だが、このままではよくない空気になってしまいそうで立ち上がる。

 闇雲に歩き出す奈江を、秋也が軽やかな足取りで追いかけてくる。さっきまでの重苦しさがうそのようだ。

「早坂さん、あともう一つ、お願いがあるんだ」
「もう一つ?」

 振り返ると、彼はショッピングセンターの柱を指差していた。そこには、『みやはら縁結び祭り』と書かれた祭りの案内ポスターが貼ってある。

「毎年、宮原神社で秋祭りがあるんだ。一緒に行かないか?」