喫茶店の前で環生とは別れ、大野駅からひと駅のショッピングセンターへやってきた奈江は、アパレルショップが並ぶフロアのマネキンを眺めながら歩いていた。

 グランドオープンしたばかりだからだろう。思っていた以上に人が多く、大した時間も経ってないのに疲れてしまった。秋也がいなければ、すぐにでも帰っていただろう。

 せっかく誘ってもらったのに、全然楽しめていない。エスカレーター近くのショップで、感じのいい秋用ワンピースが売っていたから、それを買って帰ろうか。だけれど、購入後に帰る雰囲気になるかはわからない。帰りたいと切り出すのも勇気がいる。

 あれこれ考えていると、秋也が顔をのぞき込んでくる。

「早坂さん、次はどこ見に行く?」

 そう言いながら、心配そうな顔をしている。迷惑かけたくなくて、奈江は尋ね返す。

「猪川さんは見たいものありますか?」
「アクセサリーでも見ようかなって思ってるんだけどね」
「アクセサリーですか?」

 ファッションにあまり興味がない奈江は、なかなかアクセサリーを買わない。当然、メンズのアクセサリーにも(うと)くて、売り場の想像もつかない。

「フロアガイド、見ますか?」
「そうだね。そうしようか。ああ、ちょうどソファーが空いたから、座って待ってて」

 目の前に置かれたソファーから、高校生らしき女の子ふたりが立ち上がる。秋也は素早く奈江を座らせたあと、近くにあったフロアガイドを持って戻ってくる。

「早坂さん、大丈夫? 疲れてる?」
「あ、大丈夫です。疲れてないです。ただ……、人が多いところは得意じゃなくて」
「そっか。じゃあ、お祭りも苦手だよね」
「お祭り?」

 なんで急に祭りの話になるのだろう。

 不思議がる奈江を見て、秋也は首を振る。

「なんでもないよ。それよりさ、環生くんに会って、疲れたのかなって心配してた。何か言われた? 彼、意外とずけずけ物言うところがあるから」

 自分で言い出したのにごまかすと、秋也はふたたび、奈江の顔をのぞき込む。

 まるで、心の中を探るような目をしている。本音を言わないから困ってるのかもしれない。そう思って、奈江は尋ねる。

「社名の由来を聞いていたんです」
「社名って、ジェンデの?」
「優しい悪魔って、意味があるんですね」

 秋也が一瞬、表情を固くした。言ってはいけないことだっただろうか。すぐに後悔する奈江に、彼は気にしてないよとばかりに笑む。

「まだ若かったからね、デビルだなんだって、そんな名前に惹かれたのかもしれない」
「学生のときって、ダークなものに惹かれたりしますよね」

 フォローするように言うが、秋也は珍しく黙り込む。また余計なことを言ってしまったかもしれない。

「あのっ、別に社名をどうこう思ってるわけじゃなくて、環生さんからも世間話程度に由来を聞いただけで……」
「俺、両親がいないんだよね」

 あわてる奈江を遮って、そうつぶやいた彼は、あきらめに似た表情を見せると、たくさんの人が行き交う通路へと目を向ける。その横顔はどこか思い詰めてるようでもある。

 知られたくなかったのだろう、きっと。しかし、話す気になったのは、社名に関係しているからだろうかと、奈江は黙って見守る。

「中1のときに、両親を一度に亡くしてね。ひとりぼっちになった俺は、父方の叔父に引き取られて、大野へ引っ越してきたんだ。叔父夫婦には子どもがいなくてさ、叔母も俺を引き取ることに賛成してくれた」
「いい人なんですね」
「そうだな。それは、ラッキーだったと思うよ。本当の両親のように慕ってくれていい。そう言われたけどね、俺はもう中学生だったし、簡単には甘えられなかったな。だから、叔父さんたちに迷惑はかけられないって、工業高校に進んだよ。手に職をつけて、はやく独立するためにね」
「吉沢らんぷでアルバイトしてたのも、そのため?」
「遥希が吉沢さんに頼んでくれたんだ。それは今でも感謝してる」

 そういう経緯と苦労があったのだと、奈江は話に耳を傾ける。

「高校卒業したら、就職するつもりだったんだけどさ、吉沢さんが大学に行った方がいいって勧めてくれて、夜間大学に進学して、一人暮らしも始めた」
「そのときに出会った仲間とアプリの開発をされたんですね」
「そう。どこで聞きつけたのか、環生はアプリ作ってるならやってみたいって、俺の部屋に入り浸っててさ。まあ、その延長で、今も一緒に暮らしてるようなものなんだけどね」

 秋也はくすりと笑うが、すぐに深刻な目をする。

「そんな頃だったな、あいつが死んだのは」