「まさか、本当に見つかるなんて驚きましたね」

 彼岸橋に差し掛かる頃、奈江はポケットに手を突っ込んで歩く秋也に声をかけた。彼の手の中には、しっかりと指輪が握られているように思う。

「そうだな。確信があるようで、不確かなものに触れた妙な気分だよ」
「本当ですね。ふしぎなことってあるんだなぁって」
「こんな経験ができたのも、早坂さんに出会えたからかな」

 秋也は苦笑するみたいに笑うと、奈江の顔をのぞき込む。まるで、出会えた……だなんて意味ありげに聞こえる言葉をかけられた奈江の表情を見逃さないとばかりに。ただ彼は目線を合わせて話してくれる優しい人なだけかもしれないけれど。

「俺は出会えてよかったって思ってるんだけどね」

 そんなふうに言われると、どきりとして、目が泳いでしまう。

 悪いくせだ。男の人が好意を示してくれるたびに、それを恋愛感情と結びつけてしまうのは。いや、違うだろうか。後輩の男の子はいつだって無邪気に話しかけてくれる。その態度から恋愛感情を感じたことはない。相手が秋也だから、今こんなふうに感じてるのか……。

「よかったって、私は別に……」

 奈江は冷静にならなきゃと思いながら、そうつぶやく。

 自分は何もしていない。いつもなりゆき任せで、自分の足でしっかりと立ち、歩いたことなどあるだろうか。

「美乃さん、初対面なのにいろいろ話してくれましたよね。それは私とは関係なくて、猪川さんに話したくなるような魅力があるからだと思います」

 康代の姪がいたから話してくれたわけじゃない。それはなんとなく感じていた。秋也の態度が、彼のまとう優しい雰囲気が、初対面の相手の心を開かせたのだと思う。

「魅力ねぇ」

 彼は意味深につぶやく。目が合うと、なんだか気まずい。

「俺って、早坂さんから見て、どんな男……」
「あっ、指輪、どうしますか?」

 勝手に焦って、彼の言葉を遮ってしまう。変に意識したみたいだ。彼に惹かれているから、お互いに意識してるなんて、きっとそんなふうに感じて。それは盛大な勘違いだとわかっているのに。

 秋也はわずかにあきれたような顔をしたが、立ち止まり、ポケットからハンカチを取り出す。そして、折りたたまれたグレーのハンカチをそっと開く。中央に、プラチナの輝きを失わない指輪が現れる。

「間違いなく、越智さんのものなんですよね?」

 こうして目にしても、いまいち実感がわかない。というより、ふしぎな感覚という方がやはり、正しいかもしれない。

「結婚記念日は、賢太の誕生日の11月8日なんだってさ。ご両親のイニシャルはふたりとも、M。間違いないはずだよ」

 指輪の内側を奈江も確認する。秋也の話と符合する文字と日付が刻まれている。

「越智さんも喜ばれますね」
「賢太の都合のいいときに俺から渡しておくよ」
「何から何まで、ありがとうございます」
「いや。早坂さん、今日はこのまま帰る? よかったら、ランプ見ていかないか?」

 ポケットにハンカチを戻しながら、秋也はそう言う。

「ランプって、前に見せてもらった?」
「気に入ってるなら、プレゼントしようかと思ってさ」
「えっ、プレゼント? そんな……良くないです。何の関係もないのに」

 そう口にして、奈江は失言したことに気づいたが、もう遅い。

 相手の気持ちを考えすぎて、傷つけない言葉選びに苦戦するうちに何も話せなくなることもあれば、こうして不用意な言葉を言ってしまうこともある。口下手という言葉では解決できない浅はかさに情けなくなる。

 秋也は唇を歪めて笑うと、「関係……ないか」とごちる。

「あ……、あの、そんなふうに良くしてもらうような関係じゃないからって意味で……」
「まあ、要約すると、何の関係もないってことだよな」

 くすくす笑うから、怒ってないんだとホッとする。

「じゃあ、少しだけ見せてもらってもいいですか?」

 お詫びじゃないけれど、寄らせてもらおう。

 おずおずと言うと、うれしそうにする秋也とともに吉沢らんぷへと向かった。