秋也は賢太から聞いた話をかいつまんで話す。美乃は信じられないとばかりに目を見開いたが、話を聞き終わると、静かにうなずいた。

「たしかに、御守りはあります。中までは見たことはありませんが、母は舞花ちゃんが持って帰って来たんだって言っていて」
「舞花ちゃんが与野さんに渡したんですか?」

 驚いて息を飲む奈江を、美乃は頼りなげに見つめる。

「信じられない話ですよね? 母は御守りを渡してあげてたら、事故に遭わなかったかもしれないってずっと後悔してたんです。もちろん、舞花ちゃんはお母さんからもらった御守りを持っていたんですよ。母はそれだけじゃ効果がなかったんだって、兄夫婦を叱ったこともありました。それが原因で、兄夫婦は家を出てしまったんです。だから、母は舞花ちゃんが自分を励ますために届けてくれたんだって言い出して……。舞花ちゃんを失ったショックで幻覚でも見てるんじゃないかって、私は心配で……こんなこと、誰にも話せなかったんですけど」

 美乃はつらそうに眉を寄せる。

 どうしてこんな話をしてくれるのだろう。奈江は秋也を見上げる。彼だからだろうか。包容力のありそうな彼に甘えて、つらさを分け合える気がしたのか。

「わかります。知り合いも同じです。信じてもらえないと思っていたから、この10年、誰にも言わずにいたようです」

 秋也は彼女の思いを受け止めて、そう言う。

「どうしてその方は今になって?」
「結婚指輪が入ってるなんて知らなかったそうです。指輪だけでも返してあげたい。そう思って、今日は来ました」
「指輪だけでも……?」
「ええ。与野さんから御守りを取り上げたりはしません。ですから、結婚指輪が入っているかどうかだけ、確認してもらえないでしょうか?」

 低姿勢な秋也に、美乃の表情が和らぐ。

「御守りは返さなくて大丈夫なんですね?」
「はい」
「実は……、うちの仏壇に舞花ちゃんはいないから、御守りと写真だけ置いているんです。御守りを取り上げられたら、母はきっとショックを受けてしまうから」

 舞花ちゃんはご両親の家にいるのだろう。御守りのことを責めたから、今でも舞花ちゃんのご両親はみね子を遠ざけているのかもしれない。こじれた感情は、簡単には戻らないものなのだろう。

「御守りは与野さんが持っていてください。物も人の心も、必要なところへ渡り歩いていくものだと思いますから」

 秋也の言葉は本当に優しい。奈江は胸が温かくなるのを感じながら、その感覚が美乃にも伝わってるといいと思う。

「必要なところへ……。そうですね。吉沢らんぷさんは、ビンテージのランプを扱っているんでしたね」

 美乃はわずかに微笑む。

「指輪も必要なところへ、ですね」
「確認してもらえますか?」
「わかりました。庭の方へ回っていただけますか? お仏壇に御守りはありますから」

 奈江と秋也はホッと胸をなで下ろすように顔を見合わせると、言われたように庭へと足を踏み込む。

 仏壇のあるみね子の部屋の前に到着すると、少しして美乃がカーテンを引く。

「お待たせしました」

 と、彼女がガラスドアを開き、先日、みね子がそうしていたように仏壇の前でひざを折る。

「御守りはこれです。月命日には必ず、母はこれを持って彼岸橋へ行くんです。もう大丈夫だよって、あの交差点は工事して事故が起きなくなったからって」

 経机に置かれた御守りを引き寄せると、美乃はひもをほどいて口を開く。そうして手のひらの上へひっくり返すと、ころりと銀色の輪が転がり落ちる。

「まさか、本当に……」

 半信半疑だったのだろう。美乃は戸惑い、指輪を持ち上げる。

「こんなふしぎなことってあるのかしら」
「見せてもらっても?」

 美乃は秋也の手のひらの上へそっと指輪を置く。彼はそれを手に取り、指輪の内側を確認する。イニシャルと日付を確認したのだろうか。そっとうなずいて、ポケットから取り出したハンカチに優しく包む。

「指輪は必ず、持ち主に返します」
「舞花ちゃんはいたずら好きのかわいい子で、決して悪気があって、この御守りを持って来てしまったわけじゃないと思うんです」
「はい。わかっています」
「その方に、ごめんなさい、とお伝えください」
「いえ、彼は感謝すると思います。ご無理を言いまして、申し訳ございません」
「猪川さんも大変でしょうけれど、わざわざありがとうございます」

 美乃は丁寧に頭をさげると、御守りをそっと握りしめた。