賢太が帰るとすぐに、秋也が作業着の上着を脱ぐ。
「探しに行くか」
「え?」
「気になるんだろう? 与野さんの御守りの中に指輪があるんじゃないかって」
「それは……」
当然だ。気になるに決まってる。賢太が見たという少女の特徴が、舞花ちゃんによく似ていたのだから。
「今の話を信じるなら、早坂さんの見た御守りが賢太のものである可能性は高いよな」
「でも、どうして与野さんが持ってるかは、彼の話だけではわからなかったです」
「それをこれから聞きに行くんだよ」
秋也は力強く言うと、作業台の横に置かれた看板を手に取る。そこには、
『ただいま、外出中。お急ぎの方はお電話ください』
と書かれている。店を留守にする時はいつもその看板を出しているようだ。
「あっ、待ってくださいっ」
店を出ていく秋也の背中を、あわてて追いかける。そして、看板を扉の前に立てかけた彼とともに、彼岸橋につながる道を並んで歩く。
「与野さんになんて言うんですか?」
突然訪ねていって、御守りを見せて欲しいなんて言える気がしない。もともと、御守りだって、勝手に盗み見したようなものだ。いくら、康代の姪だと言っても、探るような真似をしたら警戒されるだろう。
「正直に話せばいいんじゃないか?」
あっけらかんと答えるから、難しく考える自分が馬鹿らしくなってしまう。
けれど、そうだった。秋也は奈江にないものを持っている。いや、奈江にあるものなんてわずかで、秋也が多くを持っていると思うからこそ、彼が大丈夫だといえば大丈夫だと思える。そんな強さに惹かれるのだと思う。
「うまく話せるかわからないけど、聞いてみます」
勇気を出してそう言うと、秋也はふしぎそうにこちらへ顔を向ける。
「俺が聞くよ」
「いいんですか?」
秋也はみね子と会ってもいないのに。
「まあ、なんとかなるだろ」
やはり楽観的な彼が軽やかな足取りで彼岸橋を渡るから、奈江は頼もしく思いながらついていく。
与野さんちへ到着すると、先日とは違って、駐車場には赤い乗用車が停まっていた。娘の美乃の車だろうか、と眺める横で、秋也がためらいなくチャイムを鳴らす。
「はーい」
すぐに応答がある。みね子ではない女の人の声だ。
「吉沢らんぷの猪川です」
「猪川……さん? 商店街のらんぷやさんの?」
インターフォンから聞こえてくる声は戸惑っているように感じられる。
「はい、そうです。お尋ねしたいことがありまして」
「……ちょっと待ってくださいね」
インターフォンが切れたあと、程なくして玄関ドアが開き、茶色の髪の女の人が顔を出す。
歳の頃は40代だろうか。いや、みね子の娘だとしたら、50代だろう。そうは見えないぐらい、落ち着きと華やかさを兼ね備えた美しい人が、門の前までやってくる。
「猪川と申します。与野みね子さんはご在宅ですか?」
秋也が頭を下げると、女の人もつられるように小さく会釈する。
「母は今、出かけているんです」
やはり、彼女が美乃のようだ。
「そうですか。いつごろ戻られますか?」
「失礼ですが、そちらの方は?」
美乃の目がこちらに向くから、あわてて奈江も頭を下げる。
「前橋康代の姪で、奈江と言います」
「ああ、あなたが。先日はわざわざお野菜を届けてくださったんですよね」
一気に警戒心を解いた美乃は、柔らかな表情になって、秋也へと目を移す。
「母は近くの喫茶店に行ってるだけだから、すぐ戻ると思いますけど、私でよければ、お話をうかがいましょうか?」
「ありがとうございます。実は、今日は私用で」
「吉沢らんぷさんとは関係ないってことですか?」
「猪川として来ました。不躾にお尋ねしますが、舞花さんの事故の件で」
美乃のほおがあからさまに引きつったのを、奈江は見逃さなかった。秋也は悪手を打ったのではないか。そう思ったけれど、彼は微塵も動じずに美乃を見つめている。そして、彼女もまた、すぐに表情を崩して、息をつく。
「あの事故のことはお話しないと決めているんです。もう、いくら後悔しても舞花ちゃんは戻らないし、責めても仕方のないことですから」
「御守りのことも?」
「御守り?」
「与野さん、御守りを持ってますよね? 紺色の」
「どうしてそれを?」
あきらかに戸惑う彼女に、秋也はすんなりと答える。
「知り合いがふしぎな体験をしたんです」
「お知り合いが? ……どんな?」
「10年ほど前に、舞花さんが交通事故から身を守ってくれたと。そのときに御守りはなくしたんだって」
「10年って、そんな……。舞花ちゃんの事故は30年も前の話で……」
「わかっています。ですから、確かめに来ました。知り合いの話が本当かどうか。本当なら、与野さんがお持ちの御守りの中には結婚指輪が入っていると思います」
「結婚指輪? なんの話?」