与野さんの家の場所がわかる地図を康代に書いてもらうと、それを握りしめて家を出た。

 与野さんちは彼岸橋のある交差点を通り過ぎ、宮原神社へ向かう道筋にあるらしい。

 地図を片手に歩いていき、彼岸橋が見えてきたところで奈江は足を止めた。彼岸橋から川底をのぞいている秋也の姿がある。

 声をかけようか。迷っていると、顔をあげた秋也が、「ああ、早坂さん」と、駆け足で彼岸橋を渡ってやってくる。

「この間の話が気になってさ。ちょっと見てた」

 聞いてもないのに、彼はそう言う。

「この間のって、御守りの?」
「別に心当たりがあるとかじゃないんだけどね」

 どうやら、御守りを探していたようだ。

「すみません。私が余計な話をしたから」
「謝らなくていいよ。俺が気になっただけで、早坂さんは何も悪くないよ」
「すみません……」
「ほら、また謝る」

 謝り癖のある奈江を、秋也はおかしそうに笑う。なんでも楽しめる、めんどくさがらない性格なのだろうか。奈江とは対照的だ。

 何かに気づいた彼の視線が後方に向けられる。なんだろう? と、奈江も振り返る。

「おばあさん?」

 彼岸橋の交差点の角にしゃがみ込み、祈るように手を合わせる老女の姿がある。そこには何もない。しかし、老女は何かあるかのように祈っている。

 ああ、そうだ。忘れていたが、奈江が高校生のとき、老女のしゃがみ込む場所には、張り出した家の塀があった。今は区画整理で整備されたのか、見通しのいい道路になっている。

 程なくして、老女は立ち上がると、宮原神社のある方へ向かって歩いていく。

「早坂さんはどっか行くの?」

 老女の背中を見送る奈江の手もとを見下ろして、秋也が尋ねてくる。

「あっ、そうなんです。伯母のおつかいで、与野さんちに……」
「おつかいって?」

 奈江は野菜の入った紙袋を軽く持ち上げて見せる。

「伯母の知り合いのお宅にお届けものです」
「伯母さんのおつかいをよくするんだね」

 茶化すようにそう言った秋也は、愉快げに目を細めると、奈江の握りしめる地図をのぞき込む。

「宮原神社の近く?」
「そうみたいです。初めて行くから、詳しい場所は知らないんですけど」
「そうなの?」
「でも、行けばわかると思います」
「一緒に行こうか。俺、宮原神社に行く途中だったから」
「いいんですか? でも、悪いです」
「気にしなくていいよ。実は、早坂さんに会いたいなって思ってたんだ」

 そう言った方が親切を素直に受け入れてくれる? と、秋也は笑む。宮原神社に行く予定なんかなかったんだ、と気づいたときには、彼はすでに歩き出していて、背中をあわてて追いかける。

 彼の言葉はきっと、嘘でも優しい。気遣いのかたまりのような人なのかもしれない。

 しばらく歩いていくと、秋也が地図を見ながら、「あの家だと思う」と、白い二階建ての家を指差した。

「あれ、あの人、与野さんちに入っていくな」

 前方をゆっくり歩いていた、さっきの老女が、白い家の門の中へ入っていく。

 秋也は軽やかに歩いて表札を見に行く。そしてすぐに戻ってくると言う。

「間違いないよ。あそこが与野さんち」
「あのおばあさんが与野さんだったんだ」

 奈江はひとりごとのように言うと、与野さんちへ向かう。秋也も気になったのか、後ろをついてきた。