生を謳歌しているようなその男は、八月の終わりに人を自殺に追い込んだ。
そして、その男は、九月の終わりに死んだ。
三島幸人、十七歳。いじめっ子の彼が自殺した。
俺の友人だ。
なぜ自殺したのかわからない。きっと理由がある。
葬式の後、真島と帰路についた。
俺の知らないところで、自殺を図るほど追い詰められていた。
真島は、その事実を知らない様子だ。
いじめは、よくないことだと小学生の頃から言われていた。
俺は人をいじめたことはないし、今後もそのようなことはないだろう。
ただ、俺はいじめを楽しむ三島を見て楽しんでいた。
「真島……」
左隣の彼の横顔は虚だった。
八月の終わりに自殺を図ったとされる男、間宮の友達だからだろうか。
三島の死に、言い表せぬ怒りを抱いているのかもしれない。
真島は俺たちとも仲がいいし、間宮とも仲がいい。
怒りの矛先を自分に向けているような気がした。
彼は俺を見る。しかし、言い返すことはなかった。
「明日からクラスは普通になる。無理に明るくいる必要はないと思う」
ギスギスした環境は無くなるだろう。
彼は、クラスでも明るくて人と仲良くなるのが早い。
過去の俺と同じくらいムードメーカーだ。
今は、あまりムードを上げるようなことはしていない。だから、過去の話だ。
「……随分と自由に死んでったよな」
いじめっ子の自殺を自由だと言うのはどう言うことだろうか。理解できなかった。
「人を自殺に追い込んでおいて、よく練炭炊いて死ねたよな」
二の句を待てば、怒りを抑えながらも吐き捨てた。
そういう真島も俺たちと仲がいいわけで、いじめっ子の友達として何も変わらない。
人を責める資格はないだろう。
「……まぁ、そうだな」
お前も同罪だよ、とは言えなかった。
今は言う必要もない気がした。
「西崎は、どう思ってんだよ」
聞かれてしまった。特に返す言葉はない。
ショックなことが起きてしまったんだ。
まだ言葉にできない。
「なんだよ、西崎も同じじゃないか」
黙ってしまう俺に、真島はそう言う。
嬉しいわけじゃないだろうが、味方がいて安心したのだろうか。
「そうだな」
だから、同情した。
電車の改札口で真島は、止まった。
「バスは、あっちだぞ?」
指を差したその先に、バスターミナルがある。
葬儀前の集合場所で選んだのはそこだった。
「寄るところが、あるんだ。こっちから帰る」
「……間宮か?」
八月の終わりに自殺未遂を図り入院した同じクラスの男子。
三島が、いじめた彼の元へ真島は、行くらしい。
「察しがいいよな」
「察しだけな」
「じゃあ、三島が、自殺した理由、わかるか?」
眉間に皺がよる。何を言いたいのかわからない。
彼の自殺に他殺の線はない。
「俺にわかるかよ、そんなこと」
「だよな」
「生きることが好きなあいつが、なんで死んだのか……わからんな」
自殺した理由なんてわかる方が珍しい。
大人の世界にも自殺はある。学生だけが珍しいわけじゃない。
以前、聞いたことがある。
久々の飲みの場であれだけ楽しく笑い合ってたのに、次の日には自殺していること。
感情の振れ幅が異常だと思えるその行動っぷり。
心が荒んでいると楽しい時との反動があったりするらしい。
うつ病患者は、体が動かせるようになると自殺するなどという。
体が動かせない時は、死ぬことさえできないらしい。
どれも聞いたことある話だ。
実際、三島がそれに該当するとは思えない。
毎日生きている喜びを楽しさを味わっているような彼だ。
いじめという快楽に向かうまでは。
「また明日」
改札を抜けた彼が、乾いた声で言う。
それに手を振ると彼は歩をすすめた。
バスターミナルでバスを待つ。あと十分ほどだ。
考えてみれば、なぜあいつは自殺したのだろう。
三島の両親から話を聞くに他殺の線はない。
警察がそれを立証した。
じゃあ、なぜ自殺を?生きることが好きな彼。
疑問だ。
彼もまたうつ病患者のように心にストレスを抱えていたのか。コップ一杯の水が溢れ出てしまって抑え切れなくなったのか。
しかし、それを調べてどうする。
調べたら何かが変わるだろうか。
興味本位で調べるには、不謹慎だと思った。
考えない方がいいと結論をつけて、早めにきたバスに乗った。
休日に葬儀があったために、次の日は学校だ。
毎日、学校に通い生産性のない授業を聞く。
どうせ大学に行くことになるだろうし、勉強はしないといけないのだろう。
面倒臭い。本音を言ってしまえば、特にやりたいことも叶えたい夢もない。
シャーペンを指で回して遊びながら聞く授業は、呪文だ。
葬儀でやっていたお経みたいなもので、眠くなる。
例えが、これまた不謹慎である。
睡魔に負けた俺は、机を突っ伏して寝た。
体を揺すられ顔を上げると、真島が立っていた。
ちょっとこれるかと指で廊下をさす。
時計を見れば、授業が終わっていた。昼飯の時間だ。
二言返事をしてみれば、表情を変えずに彼は教室を出ていった。
後に続く。ふと、教室を見渡せば、何も変わらない日常がそこにはあった。
空いている席は、二つ。
三島と間宮の席。
三島は、死んだ。誰も悲しむ奴はいない。
いじめがなくなった喜びをクラスメイトは噛み締めているように見える。
真島に続くと、人気のない屋上に向かう階段についた。
一学期もよくこのへんで集まっては、持ってきてはいけないゲーム機を持ち込んでやっていた。
まさかあの楽しかった日常がこんな静けさを持ち込むなんて思いもしなかった。
三段目あたりに腰をかける真島。身長が高いと言うのは羨ましい限りで、絵になる。そして、顔が良いときたらまた。
「飯、食おうぜ」
思いがけない言葉に、すっ転びそうになる。
「飯持ってきてないんだけど」
売店でいつも買っているし、そもそも伝えてくれたら良いのに。
「言わなかったっけ?」
「言ってない」
「……持ってきてや」
なぜ関西弁を、と思うが気にしないことにした。
売店で飯を買って戻る。
彼は先に弁当を食べていた。
待ってくれても良くないかと、ため息をつく。
彼の隣に座ると菓子パンの袋を開ける。
「……あのクラス、気持ち悪いよな」
言いたいことはわかる。
人が死んでも当たり前に笑っているあの環境。
まだ三島が自殺未遂を図った時の方が暗かった。
「まぁ」
「葬儀にもこない」
「それは……確かに……」
返す言葉もなかった。
手に持っている菓子パンを見て、躊躇いがちに食べる。
「昨日、間宮に聞かれた。『どうして、死んだんだ?』って。答えられなかった」
謎が多い中で詮索するべきじゃないと、俺は思う。
「探らないか?三島の自殺の理由」
「やめとこ。安易に探って良いわけない」
「でも」
「それって、間宮のためだろ?なら、答えによってはまた間宮を自殺に追い込むことになる」
「答えを知らないままは、もっとダメだろ」
「真島の都合だろ。やめろ」
「なんで、止める」
「止める以外にないだろ。今のクラスを見ろ。あの気持ち悪さが答えだ。誰も三島を好いてない。理由を知って得するのは、俺たちくらいだ。俺は、反対だ。その誘いは乗らない」
菓子パンの半分も食べ終わっていない中、階段を降りる。
「後悔、しないのか」
俺の背に言葉を投げかける。
後悔なんてするわけないだろう。
返すこともせず、早歩きで教室に戻る。
クラスメイトは、俺のことを気にせず談笑している。
三島のいないクラスでも、クラス運営はできている。
担任教師も何も言わない。
葬儀にきた俺たち二人を気遣い、他のクラスメイトのことは気にもしなかった。
そして、SHRで咎めることはしなかった。
人それぞれ思うことがあるからだろう。
いじめを見て見ぬ振りして、最悪の結果が出てから一ヶ月。
その主犯であるいじめっ子は死んだ。
担任教師とはそう言うものだ。
先月の自殺未遂で警察から事情聴取をされた。事件性を感じたからだろう。
しかし、なあなあになって終わった。
三島が上手いことやったんだろうと思う。
「西崎、ちょっと」
担任教師が、呼びにきた。
クラスメイトがざわつく。
気にせず、向かうと生徒指導室に入れられた。
俺が何か悪いことでもしたと言うのだろうか。
それなら、荷物全部持って、来いと言いそうだ。
「座って」
声に怒りはなかった。端的な言葉に様子を伺う。
俺が座ると、担任教師も座った。
「三島の葬儀、きてくれてありがとう、と三島のご両親が」
「あぁ、いえ」
そんなことのために呼んだわけじゃないだろうと思う。
もっと何かを探ろうとしている気がする。
「クラスで、変わったことないか?」
単刀直入に話を切り込んでくる。
「三島君が死んで、一ヶ月前に間宮君が自殺未遂を図った。クラスメイトの中にも繊細な子がいるだろう。その子たちは大丈夫そうかい?」
「……なぜ、それを俺に?」
「西崎君が、一番クラスを見ている気がしてね」
あぁ、なるほどと思う。
生徒指導室で話す理由もよくわかる。深い話をするのに、一番聞かれない場所だから。
「HR委員長は、飯尾です。飯尾の方が」
「彼からお願いされたんだ。ごめんね」
先に謝られてしまえば、あとは協力しろと言うこと。
大人って汚い。
「飯尾がお願いする理由もよくわかりません。結構楽しそうに話してましたよ」
教室で楽しそうに話すことができるなら、担任教師に説明くらいできそうだ。
いや、逆に今はそうすることで気を確かにしているのかもしれない。
「他のクラスメイトは大丈夫じゃないですか?」
だけど。
「真島は気をつけた方がいいですよ。三島と仲良くて、間宮とも仲がいい」
「確かにね」
「真島が冷静になるまで、見てやるつもりですけど」
「見てやる?」
どこを疑問に思うのだろうか。
「先生に言われたら、もう少し気を遣って話しますよ」
「普通でいいよ。へんに気を使うべきじゃないと思う」
「じゃあ、真島には言っておいてください。カウンセラーを紹介するって」
「それは、どうして?」
「俺だけじゃ、どうしようもないことあるじゃないですか」
「……そうだね。隙を見て話してみるよ」
カウンセリングをしている間は、三島の死を詮索する余裕はないはずだ。
三島と間宮に挟まれて、感情が揺らいでいるはずだから。一度毒を吐くように言い切った後は、疲れて寝込んでくれそうだ。
詮索なんてしてもいいことはない。
「西崎君自身、どうだい?無理、してないかい?」
「無理してないですよ」
「そうか。一番不安だったんだ。君は、三島と仲がいいだろう?カウンセリングは、大事だと思うんだがね」
この中年男性が、クラスメイトをちゃんと見ていると思わないが。
「考えてみますよ」
適当に返すと、担任教師は少し笑みを見せた。
「また、いろいろ聞くと思う。くれぐれも無理はしないでね」
話がすぐに終わった。
もう少し踏み込んだ話をしてくると思ったけど、違ったみたいだ。
扉を開ける刹那、彼は思い出したように言う。
「最近、付きまといが多いみたいだから、気をつけて」
担任教師に頭を下げて、出る。
付き纏いをなぜ俺に伝えるのか。
女子の方が危ないのではないだろうか。
男子も危険な時代だと言うのか。
男子が危険に身を晒されても、誰も相手しないくせに。
怒りが拳を振るわせる。壁を乱暴に殴ると廊下に響いた。
自嘲する。本当にカウンセリングが必要になりそうだ。
放課後、自転車を漕ぐ真島の後ろ姿が見えた。
バスで帰る俺は、追い越したが信号待ちで追いつかれた。
昼休みにあんなこと言ってしまったせいで、ちょっと気が引ける。
普段なら、おーいと茶化しに行くのに。
少し肌寒くなった十月なのに、真島は暑そうだ。
あの山道を登るとなるとこの時期でも汗をかいてしまうのだろう。
その割に、かっこよさを保つので女子の目は釘付けだ。
信号が青になる。
彼は、いつもは右に向かうところを真っ直ぐ向かった。
その先にあるのは確か、病院だったはず。
間宮のところに行くのだろうか。
以前、間宮の入院している病院が学校から近いと言っていた。
バスの停車ボタンを押す。
少し探ってみようか。
担任教師が言っていた付き纏いに似ている。
バスを降りる。いつもスルーしている総合病院前だ。
俺以外に付き纏う奴がここにいるだろうか。
病院で付き纏ったって、カメラがあるわけだし危険だろうに。
彼の後ろを歩く。
インフォメーションで、名前を告げると受付の人が道を通した。
エレベーターには一人で乗ったみたいだ。
止まった階は、八階。
階段で、登ってみると八階はどうやらどこも個室になっているらしい。
「あの」
声をかけられ、振り返ると看護師がそこにいた。
まずいと思って、逃げるか考える。
しかし、それは不振がられて次がなくなるのでやめた。
「あ、すみません。うちのクラスの友達が入院しているみたいなんで」
「お見舞いですか?」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと場所を忘れてしまって」
「あー、確か、八〇三号室ですよ。間宮君ですよね」
「そうですそうです」
「あの子、礼儀正しくていい子だって」
若そうな看護師が、ベラベラと口にする。
「ですよね。俺もそう思います」
「でも、不思議ですよね。なんであんな」
自殺未遂なんかを、と言いかけたので被せた。
「あいつ、溜め込むんですよ。だから、今は本当に仲のいい奴以外ここにきてなくて。俺もちょっと行こうか迷ったんですけど、彼のストレスになってほしくないんでやめときます」
「そうかな」
「そうですよ。特別、親友ってわけじゃないので。このこと、内緒にしてください」
「えぇ、わかったわ」
どこの病室にいるかもわかった。
真島が、間宮とどんな話をしているのか気になったけれど、今はやめとく。
頭を下げると俺は、階段を降りていった。
八階を降りるのは体力的にきついことだった。
外に出てみても、やはり付き纏いはどこにもいない。
なぜ担任教師はあんなこと言ったのだろうか。
クラスメイトもそんな話していなかった。
鎌をかける理由もないだろう。
目の前に白衣を着るメガネの男性がいた。
声をかけてくるので、今日は凶だなと舌打ちする。
「私、こう言うものですけど」
名刺を渡される。相澤裕翔。
カウンセラーと書いてあった。眉間に皺を寄せる。
なんだが、変だ。総合病院なら、施設内にカウンセラーの一人や二人いそうなものだ。
「間宮君と同じ制服だったので、声をかけました」
爽やかな笑みにそんな疑問がかき消された。
「あぁ、そうですね。それで」
次を促す。
「間宮君のカウンセリング予約を何度か受けているんですが、なぜか来ないんです。病室と違う棟にあるので情報が遅れてやってくることもあって。これから病室に向かうところなんです」
本人から許可でももらったのだろうか。
看護師から許可をもらったのだろうか。
「少し、聞きたいのですが、間宮君、どんな状態ですか?」
そんなこと聞かれても、俺は知らない。
「それ今から行くのなら、聞いてみたらどうです?」
「そうですね。少しでも知っておいた方が彼を刺激させないと思ったのですが」
「……会わないことをお勧めしますよ。彼が予約しても来ないって言うなら、なおさら押しかけるのは良くないかと」
「そうですか。じゃあ、今日はやめておきます。ちなみに病室ってどこかわかります?」
「八〇三号室です」
「そうですか。ありがとうございます」
さっきとは違う笑みにゾッとした。爽やかさを感じなかった。
だけど、それがなんなのかピンとくるものがない。俺のことではないし、気にしない方がいいと思った。
家に着くと制服を脱ぐこともせずパソコンを開く。
煉炭自殺と打ち、検索をかける。
いろいろな情報が流れ込んでくる。
車で行うもの、部屋でするもの、お風呂場でするもの。
煉炭を買って、一酸化炭素を充満させ、中毒死させる。
手軽にできるのかもしれない。
ネットで買えるようなものだし、案外入手自体は簡単なのだろう。
しかし、心の健康相談ダイヤルなど出てくるのは迷惑な話だ。
これから死にたいと言う奴がなぜそんなものに電話をかけるのだ。
「……これから死にたい?」
反芻してみる。
いや、三島は、生きること楽しいと思えるような人だ。
死にたくなったらこういうのに頼るだろう。
真っ先にこの電話番号が出てくると言うのに、無視したのか?そんなことできたのか?
やはり、謎だ。
首を横にふる。
考えてはいけない。不謹慎だ。
今日、俺は真島の誘いに乗らなかった。
間宮が知りたいだけの真相に俺を巻き込むな。
だけど……。
知らなければいけない気がした。
いじめっ子のくせして生を楽しむ彼が、電話をかけることもせず、誰も頼らずに死ぬことが不思議でならなかった。
パソコンを閉じる。
真島に電話をかける。
繋がらなかった。
夜の十時過ぎに折り返しがきた。
「真島」
「なんだよ。話したいことがあるって」
「……」
すぐに電話を取ったのに、俺は黙ってしまった。
「どうした?」
促す彼に意を決して告げた。
「探ろう。三島の死の真相を」
「……え?でも、西崎、昼間に」
「あぁ、そうだ。でも、変だよな。変だと思う」
部屋の窓を開ける。冷たい風が中に入ってくる。
昼間より寒い。だけど、閉めることはしなかった。
「俺も一緒に真相を探ろうと思う。今からでも一緒にできないか?」
「助かるよ。一緒に探ろう」
彼は、じゃあまた明日と電話を切った。
明日も早い。早めに寝て明日を迎えよう。
俺は、窓を閉めて、ベッドに潜った。
そして、その男は、九月の終わりに死んだ。
三島幸人、十七歳。いじめっ子の彼が自殺した。
俺の友人だ。
なぜ自殺したのかわからない。きっと理由がある。
葬式の後、真島と帰路についた。
俺の知らないところで、自殺を図るほど追い詰められていた。
真島は、その事実を知らない様子だ。
いじめは、よくないことだと小学生の頃から言われていた。
俺は人をいじめたことはないし、今後もそのようなことはないだろう。
ただ、俺はいじめを楽しむ三島を見て楽しんでいた。
「真島……」
左隣の彼の横顔は虚だった。
八月の終わりに自殺を図ったとされる男、間宮の友達だからだろうか。
三島の死に、言い表せぬ怒りを抱いているのかもしれない。
真島は俺たちとも仲がいいし、間宮とも仲がいい。
怒りの矛先を自分に向けているような気がした。
彼は俺を見る。しかし、言い返すことはなかった。
「明日からクラスは普通になる。無理に明るくいる必要はないと思う」
ギスギスした環境は無くなるだろう。
彼は、クラスでも明るくて人と仲良くなるのが早い。
過去の俺と同じくらいムードメーカーだ。
今は、あまりムードを上げるようなことはしていない。だから、過去の話だ。
「……随分と自由に死んでったよな」
いじめっ子の自殺を自由だと言うのはどう言うことだろうか。理解できなかった。
「人を自殺に追い込んでおいて、よく練炭炊いて死ねたよな」
二の句を待てば、怒りを抑えながらも吐き捨てた。
そういう真島も俺たちと仲がいいわけで、いじめっ子の友達として何も変わらない。
人を責める資格はないだろう。
「……まぁ、そうだな」
お前も同罪だよ、とは言えなかった。
今は言う必要もない気がした。
「西崎は、どう思ってんだよ」
聞かれてしまった。特に返す言葉はない。
ショックなことが起きてしまったんだ。
まだ言葉にできない。
「なんだよ、西崎も同じじゃないか」
黙ってしまう俺に、真島はそう言う。
嬉しいわけじゃないだろうが、味方がいて安心したのだろうか。
「そうだな」
だから、同情した。
電車の改札口で真島は、止まった。
「バスは、あっちだぞ?」
指を差したその先に、バスターミナルがある。
葬儀前の集合場所で選んだのはそこだった。
「寄るところが、あるんだ。こっちから帰る」
「……間宮か?」
八月の終わりに自殺未遂を図り入院した同じクラスの男子。
三島が、いじめた彼の元へ真島は、行くらしい。
「察しがいいよな」
「察しだけな」
「じゃあ、三島が、自殺した理由、わかるか?」
眉間に皺がよる。何を言いたいのかわからない。
彼の自殺に他殺の線はない。
「俺にわかるかよ、そんなこと」
「だよな」
「生きることが好きなあいつが、なんで死んだのか……わからんな」
自殺した理由なんてわかる方が珍しい。
大人の世界にも自殺はある。学生だけが珍しいわけじゃない。
以前、聞いたことがある。
久々の飲みの場であれだけ楽しく笑い合ってたのに、次の日には自殺していること。
感情の振れ幅が異常だと思えるその行動っぷり。
心が荒んでいると楽しい時との反動があったりするらしい。
うつ病患者は、体が動かせるようになると自殺するなどという。
体が動かせない時は、死ぬことさえできないらしい。
どれも聞いたことある話だ。
実際、三島がそれに該当するとは思えない。
毎日生きている喜びを楽しさを味わっているような彼だ。
いじめという快楽に向かうまでは。
「また明日」
改札を抜けた彼が、乾いた声で言う。
それに手を振ると彼は歩をすすめた。
バスターミナルでバスを待つ。あと十分ほどだ。
考えてみれば、なぜあいつは自殺したのだろう。
三島の両親から話を聞くに他殺の線はない。
警察がそれを立証した。
じゃあ、なぜ自殺を?生きることが好きな彼。
疑問だ。
彼もまたうつ病患者のように心にストレスを抱えていたのか。コップ一杯の水が溢れ出てしまって抑え切れなくなったのか。
しかし、それを調べてどうする。
調べたら何かが変わるだろうか。
興味本位で調べるには、不謹慎だと思った。
考えない方がいいと結論をつけて、早めにきたバスに乗った。
休日に葬儀があったために、次の日は学校だ。
毎日、学校に通い生産性のない授業を聞く。
どうせ大学に行くことになるだろうし、勉強はしないといけないのだろう。
面倒臭い。本音を言ってしまえば、特にやりたいことも叶えたい夢もない。
シャーペンを指で回して遊びながら聞く授業は、呪文だ。
葬儀でやっていたお経みたいなもので、眠くなる。
例えが、これまた不謹慎である。
睡魔に負けた俺は、机を突っ伏して寝た。
体を揺すられ顔を上げると、真島が立っていた。
ちょっとこれるかと指で廊下をさす。
時計を見れば、授業が終わっていた。昼飯の時間だ。
二言返事をしてみれば、表情を変えずに彼は教室を出ていった。
後に続く。ふと、教室を見渡せば、何も変わらない日常がそこにはあった。
空いている席は、二つ。
三島と間宮の席。
三島は、死んだ。誰も悲しむ奴はいない。
いじめがなくなった喜びをクラスメイトは噛み締めているように見える。
真島に続くと、人気のない屋上に向かう階段についた。
一学期もよくこのへんで集まっては、持ってきてはいけないゲーム機を持ち込んでやっていた。
まさかあの楽しかった日常がこんな静けさを持ち込むなんて思いもしなかった。
三段目あたりに腰をかける真島。身長が高いと言うのは羨ましい限りで、絵になる。そして、顔が良いときたらまた。
「飯、食おうぜ」
思いがけない言葉に、すっ転びそうになる。
「飯持ってきてないんだけど」
売店でいつも買っているし、そもそも伝えてくれたら良いのに。
「言わなかったっけ?」
「言ってない」
「……持ってきてや」
なぜ関西弁を、と思うが気にしないことにした。
売店で飯を買って戻る。
彼は先に弁当を食べていた。
待ってくれても良くないかと、ため息をつく。
彼の隣に座ると菓子パンの袋を開ける。
「……あのクラス、気持ち悪いよな」
言いたいことはわかる。
人が死んでも当たり前に笑っているあの環境。
まだ三島が自殺未遂を図った時の方が暗かった。
「まぁ」
「葬儀にもこない」
「それは……確かに……」
返す言葉もなかった。
手に持っている菓子パンを見て、躊躇いがちに食べる。
「昨日、間宮に聞かれた。『どうして、死んだんだ?』って。答えられなかった」
謎が多い中で詮索するべきじゃないと、俺は思う。
「探らないか?三島の自殺の理由」
「やめとこ。安易に探って良いわけない」
「でも」
「それって、間宮のためだろ?なら、答えによってはまた間宮を自殺に追い込むことになる」
「答えを知らないままは、もっとダメだろ」
「真島の都合だろ。やめろ」
「なんで、止める」
「止める以外にないだろ。今のクラスを見ろ。あの気持ち悪さが答えだ。誰も三島を好いてない。理由を知って得するのは、俺たちくらいだ。俺は、反対だ。その誘いは乗らない」
菓子パンの半分も食べ終わっていない中、階段を降りる。
「後悔、しないのか」
俺の背に言葉を投げかける。
後悔なんてするわけないだろう。
返すこともせず、早歩きで教室に戻る。
クラスメイトは、俺のことを気にせず談笑している。
三島のいないクラスでも、クラス運営はできている。
担任教師も何も言わない。
葬儀にきた俺たち二人を気遣い、他のクラスメイトのことは気にもしなかった。
そして、SHRで咎めることはしなかった。
人それぞれ思うことがあるからだろう。
いじめを見て見ぬ振りして、最悪の結果が出てから一ヶ月。
その主犯であるいじめっ子は死んだ。
担任教師とはそう言うものだ。
先月の自殺未遂で警察から事情聴取をされた。事件性を感じたからだろう。
しかし、なあなあになって終わった。
三島が上手いことやったんだろうと思う。
「西崎、ちょっと」
担任教師が、呼びにきた。
クラスメイトがざわつく。
気にせず、向かうと生徒指導室に入れられた。
俺が何か悪いことでもしたと言うのだろうか。
それなら、荷物全部持って、来いと言いそうだ。
「座って」
声に怒りはなかった。端的な言葉に様子を伺う。
俺が座ると、担任教師も座った。
「三島の葬儀、きてくれてありがとう、と三島のご両親が」
「あぁ、いえ」
そんなことのために呼んだわけじゃないだろうと思う。
もっと何かを探ろうとしている気がする。
「クラスで、変わったことないか?」
単刀直入に話を切り込んでくる。
「三島君が死んで、一ヶ月前に間宮君が自殺未遂を図った。クラスメイトの中にも繊細な子がいるだろう。その子たちは大丈夫そうかい?」
「……なぜ、それを俺に?」
「西崎君が、一番クラスを見ている気がしてね」
あぁ、なるほどと思う。
生徒指導室で話す理由もよくわかる。深い話をするのに、一番聞かれない場所だから。
「HR委員長は、飯尾です。飯尾の方が」
「彼からお願いされたんだ。ごめんね」
先に謝られてしまえば、あとは協力しろと言うこと。
大人って汚い。
「飯尾がお願いする理由もよくわかりません。結構楽しそうに話してましたよ」
教室で楽しそうに話すことができるなら、担任教師に説明くらいできそうだ。
いや、逆に今はそうすることで気を確かにしているのかもしれない。
「他のクラスメイトは大丈夫じゃないですか?」
だけど。
「真島は気をつけた方がいいですよ。三島と仲良くて、間宮とも仲がいい」
「確かにね」
「真島が冷静になるまで、見てやるつもりですけど」
「見てやる?」
どこを疑問に思うのだろうか。
「先生に言われたら、もう少し気を遣って話しますよ」
「普通でいいよ。へんに気を使うべきじゃないと思う」
「じゃあ、真島には言っておいてください。カウンセラーを紹介するって」
「それは、どうして?」
「俺だけじゃ、どうしようもないことあるじゃないですか」
「……そうだね。隙を見て話してみるよ」
カウンセリングをしている間は、三島の死を詮索する余裕はないはずだ。
三島と間宮に挟まれて、感情が揺らいでいるはずだから。一度毒を吐くように言い切った後は、疲れて寝込んでくれそうだ。
詮索なんてしてもいいことはない。
「西崎君自身、どうだい?無理、してないかい?」
「無理してないですよ」
「そうか。一番不安だったんだ。君は、三島と仲がいいだろう?カウンセリングは、大事だと思うんだがね」
この中年男性が、クラスメイトをちゃんと見ていると思わないが。
「考えてみますよ」
適当に返すと、担任教師は少し笑みを見せた。
「また、いろいろ聞くと思う。くれぐれも無理はしないでね」
話がすぐに終わった。
もう少し踏み込んだ話をしてくると思ったけど、違ったみたいだ。
扉を開ける刹那、彼は思い出したように言う。
「最近、付きまといが多いみたいだから、気をつけて」
担任教師に頭を下げて、出る。
付き纏いをなぜ俺に伝えるのか。
女子の方が危ないのではないだろうか。
男子も危険な時代だと言うのか。
男子が危険に身を晒されても、誰も相手しないくせに。
怒りが拳を振るわせる。壁を乱暴に殴ると廊下に響いた。
自嘲する。本当にカウンセリングが必要になりそうだ。
放課後、自転車を漕ぐ真島の後ろ姿が見えた。
バスで帰る俺は、追い越したが信号待ちで追いつかれた。
昼休みにあんなこと言ってしまったせいで、ちょっと気が引ける。
普段なら、おーいと茶化しに行くのに。
少し肌寒くなった十月なのに、真島は暑そうだ。
あの山道を登るとなるとこの時期でも汗をかいてしまうのだろう。
その割に、かっこよさを保つので女子の目は釘付けだ。
信号が青になる。
彼は、いつもは右に向かうところを真っ直ぐ向かった。
その先にあるのは確か、病院だったはず。
間宮のところに行くのだろうか。
以前、間宮の入院している病院が学校から近いと言っていた。
バスの停車ボタンを押す。
少し探ってみようか。
担任教師が言っていた付き纏いに似ている。
バスを降りる。いつもスルーしている総合病院前だ。
俺以外に付き纏う奴がここにいるだろうか。
病院で付き纏ったって、カメラがあるわけだし危険だろうに。
彼の後ろを歩く。
インフォメーションで、名前を告げると受付の人が道を通した。
エレベーターには一人で乗ったみたいだ。
止まった階は、八階。
階段で、登ってみると八階はどうやらどこも個室になっているらしい。
「あの」
声をかけられ、振り返ると看護師がそこにいた。
まずいと思って、逃げるか考える。
しかし、それは不振がられて次がなくなるのでやめた。
「あ、すみません。うちのクラスの友達が入院しているみたいなんで」
「お見舞いですか?」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと場所を忘れてしまって」
「あー、確か、八〇三号室ですよ。間宮君ですよね」
「そうですそうです」
「あの子、礼儀正しくていい子だって」
若そうな看護師が、ベラベラと口にする。
「ですよね。俺もそう思います」
「でも、不思議ですよね。なんであんな」
自殺未遂なんかを、と言いかけたので被せた。
「あいつ、溜め込むんですよ。だから、今は本当に仲のいい奴以外ここにきてなくて。俺もちょっと行こうか迷ったんですけど、彼のストレスになってほしくないんでやめときます」
「そうかな」
「そうですよ。特別、親友ってわけじゃないので。このこと、内緒にしてください」
「えぇ、わかったわ」
どこの病室にいるかもわかった。
真島が、間宮とどんな話をしているのか気になったけれど、今はやめとく。
頭を下げると俺は、階段を降りていった。
八階を降りるのは体力的にきついことだった。
外に出てみても、やはり付き纏いはどこにもいない。
なぜ担任教師はあんなこと言ったのだろうか。
クラスメイトもそんな話していなかった。
鎌をかける理由もないだろう。
目の前に白衣を着るメガネの男性がいた。
声をかけてくるので、今日は凶だなと舌打ちする。
「私、こう言うものですけど」
名刺を渡される。相澤裕翔。
カウンセラーと書いてあった。眉間に皺を寄せる。
なんだが、変だ。総合病院なら、施設内にカウンセラーの一人や二人いそうなものだ。
「間宮君と同じ制服だったので、声をかけました」
爽やかな笑みにそんな疑問がかき消された。
「あぁ、そうですね。それで」
次を促す。
「間宮君のカウンセリング予約を何度か受けているんですが、なぜか来ないんです。病室と違う棟にあるので情報が遅れてやってくることもあって。これから病室に向かうところなんです」
本人から許可でももらったのだろうか。
看護師から許可をもらったのだろうか。
「少し、聞きたいのですが、間宮君、どんな状態ですか?」
そんなこと聞かれても、俺は知らない。
「それ今から行くのなら、聞いてみたらどうです?」
「そうですね。少しでも知っておいた方が彼を刺激させないと思ったのですが」
「……会わないことをお勧めしますよ。彼が予約しても来ないって言うなら、なおさら押しかけるのは良くないかと」
「そうですか。じゃあ、今日はやめておきます。ちなみに病室ってどこかわかります?」
「八〇三号室です」
「そうですか。ありがとうございます」
さっきとは違う笑みにゾッとした。爽やかさを感じなかった。
だけど、それがなんなのかピンとくるものがない。俺のことではないし、気にしない方がいいと思った。
家に着くと制服を脱ぐこともせずパソコンを開く。
煉炭自殺と打ち、検索をかける。
いろいろな情報が流れ込んでくる。
車で行うもの、部屋でするもの、お風呂場でするもの。
煉炭を買って、一酸化炭素を充満させ、中毒死させる。
手軽にできるのかもしれない。
ネットで買えるようなものだし、案外入手自体は簡単なのだろう。
しかし、心の健康相談ダイヤルなど出てくるのは迷惑な話だ。
これから死にたいと言う奴がなぜそんなものに電話をかけるのだ。
「……これから死にたい?」
反芻してみる。
いや、三島は、生きること楽しいと思えるような人だ。
死にたくなったらこういうのに頼るだろう。
真っ先にこの電話番号が出てくると言うのに、無視したのか?そんなことできたのか?
やはり、謎だ。
首を横にふる。
考えてはいけない。不謹慎だ。
今日、俺は真島の誘いに乗らなかった。
間宮が知りたいだけの真相に俺を巻き込むな。
だけど……。
知らなければいけない気がした。
いじめっ子のくせして生を楽しむ彼が、電話をかけることもせず、誰も頼らずに死ぬことが不思議でならなかった。
パソコンを閉じる。
真島に電話をかける。
繋がらなかった。
夜の十時過ぎに折り返しがきた。
「真島」
「なんだよ。話したいことがあるって」
「……」
すぐに電話を取ったのに、俺は黙ってしまった。
「どうした?」
促す彼に意を決して告げた。
「探ろう。三島の死の真相を」
「……え?でも、西崎、昼間に」
「あぁ、そうだ。でも、変だよな。変だと思う」
部屋の窓を開ける。冷たい風が中に入ってくる。
昼間より寒い。だけど、閉めることはしなかった。
「俺も一緒に真相を探ろうと思う。今からでも一緒にできないか?」
「助かるよ。一緒に探ろう」
彼は、じゃあまた明日と電話を切った。
明日も早い。早めに寝て明日を迎えよう。
俺は、窓を閉めて、ベッドに潜った。